section 7-4

section 7 「Love Your Neighbor」
四
期末試験の手応えはそれなりにあって、明日香は中学校入学以来、最高スコアで全教科終えることができた。二年生になってから潤子と姉の今日佳が、週に二、三回勉強を教えてくれたことの効果が本当に大きかった。頑張ったことに結果がついてくると人間やる気が出るもので、この夏休みはいっぱい勉強して、再来年は潤子と同じ高校へ絶対行くんだと、明日香は思いを強く持った。
クラスの成績一位は桐谷で、二位が潤子だった。桐谷は、そうやって譲るところも天使だよね、と潤子をからかっていたが、潤子はそれ関係ないでしょー?と可笑しそうに笑っていた。潤子の得意な数学と理科は、もちろん、潤子が一位だった。学年でも二位か三位だというから、天使の力恐るべし、と桐谷や川端が言うので、もーやめてー、と潤子が困っているのが可愛らしかった。
期末試験が例の事件のため、一週間後ろ倒しになったので、終業式まで中途半端な空き日になってしまい、この鉄の校門と金網に囲まれた学校にしてはかなり「自由」な時間が多かった。秋の修学旅行の班決めなどもやってしまうことになり、女子は4人か5人かのグループを作るように言われた。明日香たちは、潤子、桐谷、茅ヶ崎でちょうど四人なので、あっさりグループ完成だった。しかし、やはりあぶれる子が出てしまって、誰がどこへ入る、などを決めないといけなかった。そしてあぶれた女子には、多岐川もいた。明日香たちは、特に話し合うことも迷うこともなく、四人全員がほぼ一斉に声をあげた。
「多岐川さーん、こっち来なよー。」
四人でハモってしまったことが可笑しくて、笑ってしまった。その四人の笑いに、あれほど彼女を「菌」として扱い、どこか腫れ物のように彼女を扱っていた男子たちですら、その様子を温かく見守るような笑い声をあげた。多岐川は少し小走りに、明日香たちが集まっている、教室の窓側の後ろへやってきた。感情を表すのが苦手なのだろうから、無表情にも見えないこともないが、なんとなく注目の的になってしまっていることが恥ずかしくもあり、四人が大きな声で呼んでくれたことが嬉しくもあり、そんな笑顔をしてくれているようにも見えた。
見慣れたのか、別の理由なのかはわからなかったが、明日香は多岐川のその左頬から首まで広がる、不定形な大きな痣黒子を、気持ち悪いだとか、嫌なものだとか、そんな風には感じなくなっていた。たぶん、潤子が嗚咽している多岐川を抱きしめ、その頬をその痣黒子にくっつけた時からだ。潤子が触れたことで明日香の意識が変わるなんて、ほんとうに潤子は人智を超えた存在なんじゃないか。明日香はまじめに考えてしまいそうだった。
こういうグループ作りの時、班長のような「リーダー」は桐谷がやるものなのだが、桐谷は学級委員としてクラスをまとめる仕事もある。本来二学期は学級委員を選出し直すものだが、桐谷はどうせやる人いないからあたしでしょ、ともうやる覚悟が決まっていたので、班長は潤子がやることになった。そのため、天使とその御使たち、みたいな班名にしようとかなった。
「もー、みんな、やーめーてー。」
潤子は可笑しそうに、笑いながらそう恥ずかしがっていた。四人があまりにも仲が良いので、多岐川が置いていかれている風になってはいけない。そう思ったのだろう、茅ヶ崎は多岐川が五人の輪から外れないようにと、桐谷と多岐川の間に入って、二人の腕に自分の腕を絡ませていた。最初にこのクラスで「菌移し」が始まった時、男子にその「菌」を移されて、その追いかけっこに参加しそうになっていた茅ヶ崎とは別人だ。あの時、桐谷から母親に叱られるようにこっぴどく怒られていたように、当時の茅ヶ崎は、「菌」として「人」が扱われることがどういうことなのか、その意味をわかっていなかっただけなのだ。そしてその意味を茅ヶ崎に、その見えない力で伝えたのも潤子のような気がして、明日香はますます潤子超人説に傾倒しそうになってしまう。
以前桐谷が、多岐川を「菌」扱いする「菌移し」の遊びは、男子の中で、同じクラスの男子として共有すべき「一体感」を醸造するためにやっているところがあるのだろう、そんなことを言っていた。明日香もあの「遊び」には、一年生の初秋、自分が海老島に髪の毛をふんづかまれて、ぶん投げられた時の、周りの女子たちが何か気泡のようなものに包まれていき、自分だけがその気泡から疎外されているような、あの感覚に似たようなものを感じていた。初めてこの「菌移し」が行われた時は、まだ二年へ進級したばかりで、男子たちが一つクのラスとしてまとまっていなかったのに、「菌移し」が始まった途端、男子全員が何か一つの気体のようなもので包まれていくような、全員が一つの「価値観」と言っていいのか、一つの「意思」と言っていいのか、明日香にはよくわからないけれど、そう言ったものでまとめられていくような、「刻印」を認識し合って集合していくような、収斂していくような、そんな光景に映ったのをよく覚えている。
そして、もしそうだとするなら、それの代替手段が開発されるんじゃないか。そんな嫌な予感はしていた。また誰かが「菌」として扱われ、その男子たちの、同じ「一族」としての「絆」を確認する、「儀式」に供される対象が選ばれるんじゃないか。それは古からの祭儀で定期的に「生贄」としてなにものかが捧げられるように。
明日香がぼんやりと感じていたその不安は的中した。
主のいなくなった、後藤の机を誰かがタッチし、そして、それを「人殺し菌」と言って、誰かに移す。そんな新しい「遊び」が始まってしまった。