section 4-2

2024-07-29

section 4 「ルール変更」

 二

 ルールが変わったのはこの学年だけではなくて、全体は掴めないが、だいたいこいつらだとわかっている不良少女のグループもそうだったようだ。一年生の時、明日香が海老島にその生まれつきの茶髪を咎められて、歯向かったことが「武勇伝」のようになったらしく、それまでトイレにたむろする不良少女グループに絡まれたり、上履き・下履きに画鋲を入れられたり、脅迫状っぽい手紙を入れられたりしていた明日香は、その日以来ぴったりと絡まれなくなった。海老島にぶん投げられて悪態を返したのは、全校生徒の中で明日香だけのようだが、その不良少女グループは海老島の鉄拳制裁には屈してしまう子達ばかりだった。明日香に対してのそれは、生まれつきのもので後ろめたいことは何もなかったから、反抗したのであり、彼女たちに対してのそれは、明らかな校則違反などをしていてぶっ飛ばされたのだから、謝るしかないという違いもあるが、なんだか変な風に、あいつは違う、と目されてしまったようだった。

 しかし、その「ルール」も変わったようだ。明日香は二年生になっても、登下校時、念の為、上履きや下履きを履く前にひっくり返して、画鋲とか入れられていないか確認するのが癖になっていたので、その日もそうして、何も入れられていないことを確認してから上履きを履いた。

 「げえっ!」

 明日香はつま先に感じた気持ちの悪い感触に思わず声をあげた。

 「どーしたの?」

 いつものように一緒に登校した潤子がびっくりしていた。

 明日香は上履きから足を引き抜いて、裸足のつま先を見たが、何もついていない。一応足の指先を触って確認するが、何かべとついている気がする。明日香は仕方ないから裸足で昇降口の廊下に立って、今履いてすぐ脱いだ左足の上履きを拾って中を見た。つま先の方にどうもガムらしきものが入っている。

 「うげ。なんだこれー…。」

 「何これ?ガム?」

 明日香と頬をくっつけて明日香の上履きの中身を覗きこんでいた潤子はそう言うと、明日香の上履きの中へ手を伸ばした。他人の靴の中に顔を近づけたりとか、手を突っ込んだりとか、普通なら嫌がってもいいものだが、潤子はいつも明日香のものだと平気でこういうことをしていた。明日香は潤子の愛情を感じて嬉しいと思うと同時に、ちょっと恥ずかしかった。

 「あー。ガムじゃないかなあ。」

 潤子は明日香のつま先に指を突っ込んで、つま先の方に詰まっているものの感触を確かめながら言った。

 「これ両方やられてんのかな?」

 明日香は右側の上履きも拾い上げて覗き込んだ。同じだった。

 その後、一旦教室へ移動して、体操着の上とジャージの下に着替えてから、ガムの塊を剥がすことには成功したが、細いガムの切れ端が結構つま先の奥についてしまっていた。潤子は明日香の上履きを覗き込んだり、指で直にとか、家庭科用具の編み棒とかで、明日香の上履きのつま先に突っ込んだり、中を引っ掻いたりしているので、なんか明日香は恥ずかしくなって、潤子あたしの上履きなんか汚いし、臭いよ、と止めさせるつもりで言った。

 「そんなことないよ、むしろ明日香の良いにおいが。」

 そこまで言って可笑しかったのか潤子は笑い出した。

 「ばかじゃないの!」

 明日香もそう言い返して大笑いした。

 教室の扉側の後ろに付いている水道で洗い落そうと思っても、やはり靴洗い用のブラシが無いと難しいことがわかって、結局明日香はその日は裸足で過ごすしかなくなった。こういういたずらをされた、と言うのを教師に報告するのは、子供の喧嘩を大人に言いつけるみたいで嫌だったが、裸足で教室や廊下を歩っていて不審に思われたり注意されたりも面倒なので、朝会の後、明日香は担任の城田に報告した。教壇の近くで担任を捕まえた時点で、大沢さんなんで裸足なのと、まず城田に言われた。潤子もやってきて、事情の説明をした。城田はことがちょっと大きそうだと思ったのか、廊下へ出て話そうとなった。

 明日香たちが廊下へ出ると、明らかに廊下にたむろしていたであろう数人が教室へ慌てて引っ込んだ。誰たちか全く見えなかったけれど、あいつらだろう、と明日香は踏んでいた。しかし証拠もないのでどうにもならない。

 「大沢さん、結構そういうことされるの?」

 城田は少し心配そうに聞いた。明日香は一年時も秋くらいまでよく画鋲なんかを入れられてたことを素直に報告した。トイレで絡まれる件は黙っていた。

 「秋まで?秋になったらなくなった、ってこと?」

 明日香はあまり気が進まなかったが、海老島との一件と、どうもそれで変な見られ方をするようになってなくなったようだ、ということを話した。

 「大沢さんすごいね、海老島先生に歯向かった子なんていないんじゃない?」

 「先生、そっちですかー?」

 城田が、その自己主張はちゃんとするということがよく表れた目鼻立ちのはっきりとした顔で素直に感心するので、潤子が思わずそう言うと、三人で笑った。

 明日香は正直に、犯人探しはいらない、証拠はないのだから、無理に探しても、先生に言いつけやがってみたいな難癖をつけられるだけ、あたしとしては今日は裸足で過ごします、ということのみ報告したかった、と城田に言った。

 「大沢さん、男らしいねえ。」

 そう城田は褒める意味で言うのだが、結局「男らしい」という言われ方なのか、と明日香は心の中で苦虫を噛み潰す思いがしたが、愛想笑いを浮かべて、良く言われます、と朗らかに返した。城田は、明日香の言い分はわかった、ただ何か問題が起きるようならすぐに言いなさい、と言ってもくれた。教師としての立場もあるが、それ以上に自分も経験してきた、女子同士の陰湿な争い特有の事情というものにも理解を示してくれたようだ。

 「明日香、犯人多分あいつらだよ。」

 明日香が席へ戻ると、桐谷が明日香の席に身を寄せて、小さな声でそう言い、目線を明日香の席とは正反対の位置、一番廊下側の列の後ろの方の席にたむろしている三人の女子生徒へ視線を送った。その三人は、明日香の二つ前の席の小さな不良少女、美しい鷲鼻の癖毛の子、それと「白い魔女」だった。明日香は目が合わないようにその辺りを通り過ぎるように視線を流した。

 「なんで?」

 明日香もそうだろうなと思ってはいたが、桐谷が何故そう思ったのか聞きたかった。

 「明日香と潤子、先生と一緒に廊下出たじゃない。教室の前側の扉から。そしたら後ろ側の扉からあの子たちすっ飛んで教室入ってきて、ゲラゲラ笑ってた。」

 「性格悪ー。」

 明日香はそう小声で呆れたように言うと、桐谷はむせるように可笑しがっていた。

 トイレに行きたい時は、潤子が上履きを貸してくれた。トイレで明日香に絡まない、という「ルール」に変更はないようだった。ただ、明らかに今日連中の様子はおかしかったが。何か人の反応を探るような、そんな感じだった。