01-02
期待していた明確な回答がそのメールの中にあればよかったのだが、案の定なかった。ある新規拠点追加プロジェクトについて、WAN開通工事用の設計を早めにやっておきたいものがあり、そのためにはプロバイダ側局舎の収容が決まらないといけないのだが、それを決めるのは海外のオフショアセンターだ。大体彼らがオーダーを受けたらすぐ決まらないとおかしいのだが、何故か回答は早く返ってこないことが多い。ここが決まっていなければ回線のオーダーはローカルキャリアへ出せていないはずなのだ。回線を引くには客宅からどのプロバイダ側局舎へ引くか決まってないといけないのだから。この手の情報が遅いということは、回線の調達で何かトラブルが起きていることが多いのだが、彼らは決してそれを開示しないので、進捗の得られない無益な日々を延々と送らされるプロジェクトになる。
もっとも彼らにしてみれば彼ら内のトラブルは見せたくないはずで、今やってます、とお茶を濁し続け、首尾よく行った時に、はい、上手く行ってます、と返したいはずだ。それは国を跨いだベンダー間だけでなく、日本国内でのベンダー間でもそうだし、同じ会社の他部署間だってそういうことはある。
「間宮さん、おはようございます。来なかったねえ。」
声をかけて来たのはその収容設計を確認したかった新設拠点追加プロジェクトのPMをしている社員だ。社員は席に着く前に都の席に立ち寄りメールの件について声をかけた。ほとんどの社員は自分のスマートフォンなどでメールをチェックできるようにしていて、出勤中にメールのチェックだけはしてしまう人も多いようだ。
「おはようございます。…ですねー。来なかったですね。」
都は挨拶を返しながら、笑い事のように返した。海外のオフショアセンターから進捗が取りづらいのは、もう内輪では笑いのネタになってしまうくらい日常茶飯事だ。
「俺一回今日向こうの朝一くらいで電話してみるよ。ちょっと急ぐように言います。」
社員はそう言いながら自席へ向かい始めた。
「はい、お願いします。」
都が首を社員の方にひねりながら言うと、社員はにこやかな表情で頷いた。
始業時間が近くなると多くの社員、派遣社員が続々と出勤してくる。ドアのセキュリティカードセンサーの音や、電子タイムカードの音が断続的に鳴るのだが、すでに仕事に入ってしまっていて、何かに集中しているとほぼそれらは聞こえて来ない。周りの席の人は出勤すると挨拶をしてくる人もいればしない人もいるので、してくる人には挨拶を返し、しない人には特に反応はしない。別に仲が悪いわけではないのだが、そう言う習慣の人なのだ。向こうも都のことを挨拶しない主義の人だと思っているかもしれない。
始業のチャイムが鳴ると、同じオフィスの片隅で朝礼を始めているチームがある。都の所属しているチームは、グローバルに展開する閉域網ネットワークを構築する、プロジェクトマネージメントとエンジニアリング担当のチームで、朝礼はない。個々のプロジェクトによってかなりフォーカスが異なることもあるし、また業務対象が海外なのでシフト勤務にならざるを得ないことも多く、朝から全員揃って何にか周知唱和などをするという文化がない。わらわらと人がやって来て、それぞれわらわらと仕事を始めている。