05-07

05-07
都は専用端末に向かい、もともと自分がやっていたLAN切り替え工事の、新規客宅ルーターにログインしたターミナルウィンドウをクリックした。何のログも表示されていない。LANインターフェイスの状態を確認するコマンドを叩いてみたが、順調に下りが7メガビット毎秒、上りが1メガビット毎秒程度出ている。それから岸谷の案件のプロバイダスイッチにログインしたターミナルウィンドウをクリックし、対象のインターフェイスの状態を確認したがこちらも変化はない。今岸谷は自席でメールを打っている際中だろう。しばらく動きはなさそうだ。都は財布と携帯を持って席を立ち、上の階にある自販機にコーヒーを買いに行くことにした。もう誰もいなくなっている座席の島を抜け、自分のお腹のあたりに下がっているカードキーのリールを伸ばし、居室扉のカードリーダーにあてて解錠の音を鳴らす。静かなフロアには大きく電子音が鳴り響く。古い鉄製の扉は重くて、廊下へ出てその扉が閉まると、がちゃん、と喚く。採光窓がないので昼でも夜でも薄暗い廊下は、今は更に人気もない。
腕時計は机においてきてしまったので、持ってきたスマートフォンで時間を確認した。20時47分。22時くらいには帰れるかなと皮算用をしてエレベーターに乗ると、ゴトンゴトンとエレベータのカゴが揺れる音を立てる。ドリップコーヒーの自販機のある階に降りると、廊下はシーンという音がしているんじゃないかいうくらい人気がない。自販機のモーター音がうるさく聞こえる。この階の廊下の電気も暗い。古くてくすんだ壁の色と相俟って余計に暗い。考えようによってはお化けでも出てきそうな気もする。この時間だとまだそういう雰囲気はないけれど、深夜工事で夜が明けてから帰るような勤務の時、深夜2時や3時にここへくると、ちょっと怖いと思うことがある。そういう時はわざと足音を大きくして歩いたり、伸びをするついてに声を出したりして気を紛らわしたりする。都は怖いのはものすごく苦手なのだが、仕事となるとある程度耐えられてしまう。それが年齢を重ねた大人というものなのか、それともワーカホリックなのかは微妙な気がした。
業務時間中だと、コーヒーが入るのを待っている間手持ち無沙汰で無闇にスマートフォンを開いたりするのだが、定時退社日である金曜の夜で明らかに人気がないと、出来上がりの進捗を示すランプをぼんやりと眺めているだけになる。何を気にしていつもはスマートフォンを見たりしているのだろう。人にぼんやりしているところを見られたくないのだろうか。ぼんやりしていると、派遣のくせに休憩なんかしやがってと思われる。今の生き方にぼんやりと安寧してしまっていると見られる。そんな風に勝手に感じてしまっているのか。コーヒーが出てくるまでの時間スマートフォンを見てたって、それもぼんやりとしていることには変わらないはすなのに。本当にぼんやりと生きてしまっている。そういう後ろめたさが焦燥と不安を呼び起こすのかもしれない。
つまらないことを気にする性格だ、ほんとに。コーヒーが入ったことを知らせるビープ音が鳴ることで考え方のスピンが逆転した。コーヒーが入るくらいの時間ぼさっとしてればいいのだ。都は軽く深呼吸するようにため息をついた。