19-04

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お客のアプリケーション試験には、結局30分以上かかったものの、何も問題がなく、また、インターネットからMPLSに変えたことで、アプリの動作が軽くなったと、背の高いお客が岸谷に報告していた。岸谷は、それは良かったです、と愛想よく応じていたが、おそらくは業務がほとんど止まっている日曜の夜、しかもメンテナンスウィンドウでやっているのだ。全ての従業員が出社し、仕事をしている状態でなければ正確な体感はわからないと都は思っていた。
今は、どのキャリアもインターネットのバックボーンの方に投資が進んでいて、MPLSの方はどちらかといえば縮退傾向だ。都も、自分がSEをしているお客のトラブルシューティングの一環で、MPLSに接続しているアジアのデータセンターの拠点から、日本のデータセンター拠点への遅延と、インターネット経由で、同じ国の拠点同士の遅延とを比べたことがあるが、インターネットの方が数字が良かった。これでインターネットの方が、さらに帯域に余裕が出てきて、混雑が緩和され、パケットドロップがなくなれば、完全にインターネットの勝ちになってしまうなと思ったものだった。
次の作業工程は、冗長試験だ。都たちのルーターのWANインターフェイス、LANインターフェイスでそれぞれ断と復旧を試験する。背の高いお客は、このWAN断試験の際、お客自身でWANケーブルを抜去して良いかと聞いてきた。岸谷がちょうどそのパイロット拠点で立会いをしている営業と電話で話をしていたので、背の高いお客は都に直接聞いてきた。都は、こちらでインターフェイスを閉塞・開放すれば、特にケーブル抜去・再接続は不要になるので、そうしてはどうかと提案した。お客はそうしてくれると助かると言って、都の提案をあっさりと受け入れてくれた。ケーブルの抜去や再接続は、ケーブルを摘んだり、取りまわしたりするので、どうしてもそれに付随したトラブルが起こりうるので、可能であれば、インターフェイスの閉塞、開放にて、断、復旧をシミュレートする方が良い。
都は、ターミナルウィンドウで取得していたログを一旦止め、ログファイルの名前を、冗長試験WAN断時のものとわかるようにしたものを作成して、再度ログの取得を開始する。リターンキーを何度か叩き、ホストネームだけの行をいくつか作ってから、インターフェイスの説明文一覧を表示し、インターフェイスがWANもLANも上がっていることを確認する。インターフェイスの説明文で、WANインターフェイスがギガビットイーサーネット0/1であることを確認してから、現在時刻を表示し、コンフィグモードに入ってからリターンキーを数回叩き、コンフィグモードに入っていることを示す文字列が、ホストネームに続いているだけの行を、数回繰り返し表示させ、インターフェイスコンフィグモードに入っても同様にし、後でログとして見る必要が出た時に、見やすいようにしておく。
「準備がよろしければ、お声がけくださーい、WANインターフェイスを閉塞しますのでー。」
都はラックの表側にいる背の高いお客に聞こえるよう、少し大きめの声で言った。大きめに言っても都の声は小さいので、このファンの音がうるさい中で聞こえたか不安だった。
「じゃあ、すみません、WANインターフェイスを閉塞してもらえますか。」
ラックの表側から背の高いお客が、聞こえるようにだろう。大きい声で言った。
「承知しましたー。」
都はそう返してから、インターフェイスコンフィグモードのまま、現在時刻を一回表示させ、閉塞するコマンドを打って、リターンキーを打つ前で止めた。
「閉めまーす。」
大きい声でそう言ったが、特に返事はなかった。都はそのままリターンキーを叩いた。BGPが落ちたログ、WANインターフェイスが管理者権限で閉塞されたログ、プロトコル的に落ちたログ、それらが立て続けに出てくる。
「閉めましたー。」
都は大きい声で言ってはいるが、ラックの向こうまで通っていないかもしれない。返事はない。聞こえてるかな、と都が言うと、電話で営業と話すために、カバンを置いた壁際あたりに移動していた岸谷が、いつの間にか営業との電話が終わり、都の左隣へ戻ってきていて、反応した。
「あたし、言ってきますね。」
岸谷はそう言うと、しゃがんだばかりだったが立ち上がって、小走りにラックの表側へ移動した。ラックの表側で、岸谷がWANインターフェイスを閉塞したことを報告している。お客は、わざわざ報告に来てくれた岸谷に礼を言って、切り替わっているのを確認できているので、これから断後のアプリケーション試験をする、終わったらまたWANインターフェイスの復旧を依頼する旨を岸谷に言っている。岸谷は承知した旨明るく答えて、またバタバタと、ハイヒールで床を鳴らしながら、戻ってきて、飛び込んでくるんじゃないかと言う勢いで、都の左隣にしゃがみ込んだ。
「切り替わったこと確認できているそーです。これからお客さん試験するそーです。」
どこか楽しそうな、勢いがある調子で岸谷は言うので、それでなくても、悪い言い方をすれば遠慮のない通る声なのだから、都はちょっと笑ってしまった。
都は、パイロット拠点のサブネットの、LSAタイプ5の詳細情報を、ルーター上で表示させてみる。都たちのルーターでBGPから再配送しているLSAは、そのルートが無効であることを示す、経過時間とメトリックの値になっているから、そのうち消えてしまうだろう。この状態であれば、ベンダーのVPNルーターから再配送されているLSAタイプ5が、お客のコアスイッチでベストパスとなり、本社からパイロット拠点への通信は切り替わっているはずだ。パイロット拠点から本社への経路も、切り替わっていなければ通信は成り立たないので、お客が切り替わっていると言っている以上、切り替わっているのだろう。パイロット拠点の廉価版のルーターには、込み入った設定やコンフィグは出来ないから、おそらくはデフォルトルートか、フローティングスタティックルートを、パイロット拠点のベンダーのVPNルーターの方へ向けていて、BGPで本社ルートがもらえなくなったら、ベンダーのVPNルーターへパケットが行くようになっているはずだ。
本社のWAN断時のアプリケーション試験は30分ちょっとかかっていたので、何か不具合があったのかと心配になったが、大丈夫だったようだ。背の高いお客がラックの裏へやってきて、全部オーケーでしたので、WANインターフェイスの復旧をお願いしたいと、岸谷の方が都より通路側にいたにもかかわらず、視線は直接都に向けて、都に対して喋っていた。
「承知しました。もうすぐ開放して構いませんか?」
都は念のため聞いた。
「あ、すみません、ちょっと待っていただいていいですか?」
背の高いお客はそう言うと、小走りにラックの表側へ移動して、何やら若いお客二人に言っている。都は急いで作業用PCのロックを解いて、ログアウトしてしまっているターミナルウィンドウをクリックして、ルーターにログインし直し、取っているログファイルを一旦止めて、WANインターフェイス復旧時とわかるように名前をつけた空のログファイルを作成する。背の高いお客は、若いお客と二、三会話をした後、ラックの裏側に向かって、WANインターフェイスを開放するよう言ってきた。都は自分の準備が終わっていないので、少し待ってもらうよう言ってから、新しく作成したログファイルでログ取得を開始し、時刻表示、インターフェイスの状態省略一覧表示を叩いてから、コンフィグモード、WANインターフェイスのコンフィグモードへ入った。
「では、開放しまーす。」
都は大きい声で言ったが、どうにも小さい声なので、通ったかどうか不安だった。中学生の頃、あまり折り合いの良くなかった女教師に、声が小さい、聞こえない、もう一度言い直せと何度も怒られて、悔しくて泣いたりで、ずぶんその教師を恨んだものだったが、今思うと、まあ、確かに声が小さいと社会に出て困るね、こんなファンの音がそれほどでもない、製造系企業のサーバールームでも声通らないんだから、と含み笑いが出そうになる。
「お願いしますー。」
背の高いお客から、返事が返ってきた。声が通ったのは、子供の頃に悔しくて泣いて、いっぱいあの女教師を恨んだおかげだろうか。最後まで嫌いでごめんね、先生、と都はちょっと思った。都は開放するコマンドを打ち込んで、リターンキーを叩いた。
「開放しましたー。」
WANインターフェイスが開放され、プロトコル的にも上がり、BGPが上がるログが次々と出てくる。都は、BGPの受信経路や、広告経路、OSPFのLSAタイプ5などで、閉塞する前と変わらない状態に戻っているか確認する。都の確認では問題なさそうだ。ラックの表側でも、切り戻ったことを確認できたような会話が聞こえる。背の高いお客は小走りに、作業スペースの方へ向かった。ベンダーにも何か確認するためだろう。切り戻り後のお客アプリ試験は15分程度で終わった。
続けて、同じような断、復旧試験を、都たちのルーターのLANインターフェイスで実施した。こちらは順調に進んで、LANインターフェイス復旧後のお客アプリ試験が終わるのを待っていると、岸谷が上着の内ポケットに入れておいた工事用の携帯が鳴った。相手はパイロット拠点にいる営業で、LANインターフェイスの復旧後のお客アプリ試験は無事終わったことを、こちらにいる背の高いお客よりも先に報告してきた。ひとまず都たちの責任区分範囲で問題が起きなかったことに、随分と礼を言われたようで、岸谷は電話の向こうに、否定と謙遜を返していた。ラックの側で電話をしているので、ファンの音に負けないよう、岸谷はそのただでさえ通る声を大きくして話していた。これくらい声が通れば、データセンター内の作業でも、電話による会話が成り立ちやすそうだと、都はちょっとうらやましかった。しかし、電話の音声が聞こえずらいのは、一緒だなと思って、都はちょっと一人で可笑しがった。
岸谷が電話を切り、都に何か言おうとしたタイミングで、背の高いお客がラックの裏へやってきて、都たちのルーターの冗長試験は無事終わったことを知らせにきた。次はパイロット拠点の冗長試験に移るので、しばらく待機していてほしい旨付け足していた。都は、また岸谷に作業手順書をポケットから出してもらって、中を見た。スプレッドシートを印刷したA3の紙は、畳んだり開いたりを繰り返しているので、もうだいぶくたびれてきてしまっている。パイロット拠点の冗長試験は、18時40分に始まる予定だった。都は右手首を返して時計を見た。もうすぐ20時だ。パイロット拠点の冗長試験にどれくらいかけるつもりだろうか。大体1時間くらいかかる工程だ。終わって21時。そこから1時間枠で、本社コアスイッチと、どこかのフロアのアクセススイッチの増強に1時間組まれている。そうすると終了は22時だ。めでたく今日は東京へは帰れない。
「これ、もう今日帰れないかも…。」
都はいつも通り声が小さいので、岸谷は、何ですか、と聞き直す代わりに、顔を都に近づけた。すごい近いので都はちょっとびっくりするというより、何だか恥ずかしくなった。それでも、綺麗な白い肌と、エクステンションを一切していない長い睫毛に縁取られた、大きな瞳の顔に目がいってしまう。少し厚めの唇は透明なリップとグロスが良く映えて可愛らしい。都がこのプロジェクトのSEとなった頃は、岸谷はリップは色付きのものをつけていた。最近しなくなったね、と都が聞くと、都がリップをしないのを見て、マネして透明なのにしたと言っていた。最初、都のマネをして、リップ自体をやめてみたが、肌がとても白い岸谷は、化粧をしないと自分が病人のような顔色になると言っていて、それはリップをしない唇も同じで、唇だけ素にしておくと貧血の人みたいになるから、透明なリップとグロスにしたらとっても可愛くなりました、と自慢げに言っていた。
「完全に時間押しちゃってるから、今日はもう帰れないかも。」
「えー。まじですかー。」
都は困ったように言ったはずだが、何だか岸谷は嬉しそうだ。
「何でそんなに楽しそうなの!」
都はラックの表側で作業をしている若いお客たちに聞こえないように、小さく岸谷を叱った。岸谷は楽しそうに声を出さないで大笑いした。
「もーおー、宿取った方がー、いいですかー?」
岸谷は嬉しそうだったが、ちょっと恥ずかしそうにしている。ただ、笑ってしまって、芝居し切れていない。
「何恥ずかしそうにしてんの!」
都は笑ってしまいながら突っ込んだ。
「えー。だってー、間宮さんとー、一夜を過ごすんですよー。」
岸谷は途中から笑ってしまいながら、ふざけて甘えたような、わざとらしく照れた調子で言った。
「ばかじゃないの!」
そう突っ込む都も笑ってしまっていた。お腹が痛いくらい可笑しくて、声を押さえるのが大変だった。それでも、岸谷がこの状況をとても困った風に捕まえていないのは良かったと、都はちょっと安心した。
時間が押してしまっているからだろうか、それとも本社の冗長試験でアプリケーションは大丈夫と踏んだのか、おそらくは到達性と通過経路確認程度で済ませたのだろう、それでも簡易なアプリケーション試験くらいはやっただろうが、パイロット拠点の冗長試験は30程度で全部終わった。背の高いお客がラック裏へやってきて、都たちキャリア側の冗長試験は無事全部完了したことと、都たちへの礼を言っていた。これからお客のコアスイッチの入れ替えを行うので、もうしばらく待機してほしいことを、少し申し訳なさそうに言っていた。それは既に現時点で工事手順書の全行程の終了時間を30分以上過ぎているからだろうが、その軽く頭を下げた裏には、この後も都たちに待機を続けるよう強いる姿勢が見え隠れする気がする。営業からもそういう依頼だし、帰りますとは言わないから大丈夫ですよと、言ってやった方が良いんだろうか。都は天邪鬼に思った。
作業手順書のコアスイッチの入れ替え作業の項を見ると、正確には入れ替えではなく、既にマウント済みの新しいコアスイッチから、都たちのルーターやベンダーのVPNルーターがつながっているL2スイッチにアップリンクを接続し、既存のコアスイッチ、新規コアスイッチともにL2スイッチに下げた状態で、コアスイッチ配下の各ディストリビーションスイッチやアクセススイッチへのケーブルの接続を、既存のコアスイッチから新規コアスイッチへ切り替えるという手順のようだ。つまり何か問題があれば、新規コアスイッチ配下のケーブル接続だけを旧コアスイッチへ戻せば、切り戻すことができる、という意図だろう。新規コアスイッチへ切り替えた後、疎通やアプリケーション使用に問題がないか確認することになっている。
都が設計相談で打ち合わせに行った時は、この後にもう一度、都たちのルーターの冗長試験をするという話だったが、時間的な問題なのかもしれない、このステップにおいて再度WANの冗長試験をすることにどれほどの意味があるのかという議論になったのだろう。最終版の作業手順書からは消えていて、この作業手順書が都たちに送られてきた時に、面倒な手順が減ったと、随分安堵したものだ。ただでさえお客の責任区分範囲に閉じた切り替えに付き合わされるのに、いたずらに作業時間を長くするのは勘弁してよ、と都は思ってしまっていた。
お客たちがコアスイッチを切り替えている間、ルーターのコンソールで、OSPFのネイバーや、ルート、LSAなどをリアルタイムでモニターしている、ということも時間つぶしに出来ないこともないが、途中で出てくるログや、途中の状態など、気になってしまうときりがないし、正確な作業内容や、LAN側のネットワークの状態、ケーブリングの進捗具合など見えているわけではないので、都がこの出力はおかしいと思っても、一時的なものの可能性もあり、逆に混乱する恐れもある。それに都たちの責任区分範囲ではないのだから、見ている必要もないので、やらないことにした。
都は念のため、ターミナルウィンドウの現在のログ取得を一旦止め、ログファイル名をお客コアスイッチ入れ替えとしたものを作成して、そのファイルへログ取得を開始してから、作業用PCにオフィスで落としておいた、現在時刻を表示させるコマンドを10秒ごとに繰り返し流し込むマクロを、ターミナルソフトに仕掛けて放置しておくことにした。作業用PCは5分でスクリーンロックがかかるようになっているので、この設定も一旦止めておく。
ずっとしゃがんでいると足が痛くなるから、都はラックの裏で岸谷と二人で立って待機することにした。このサーバールームはそれほど空調がきつくないからか、あるいは都たちのいる場所がちょうど送風口から逃れているためか、そんなに寒くはなかった。たまにこういうサーバールームもあって、現場作業員業務の時は助かる。先日都がルーターの設置作業にきた時に、あまり寒くないことはわかっていたので、余計な厚着をしなくてい良いことを岸谷にも伝えておいた。
ラックの表側からは、ファンの音に掻き消されてはっきりとは聞こえないが、お客たちの会話が聞こえてくる。一人が既存のコアスイッチのポート番号を読み上げ、もう一人がそのケーブルを既存のコアスイッチから抜去、さらに読み上げ係が、そのケーブルを接続する新しいコアスイッチのポート番号を読み上げて、物理作業係が接続、という方法を取っているようだ。背の高いお客もその場にいるようだから、おそらくはダブルチェックのためだろう。さっきのL2スイッチの配線間違いもあったから、再発防止はきちんと、ということのようだ。
ディストリビューションスイッチやアクセススイッチなど、LAN側機器のケーブル接続の切り替えが完了すると、アップリンクをL2スッチに接続したらしく、OSPFが上がったとかルートが来たとか言っている。都が岸谷に、これは順調に終わりそうだと小さな声で言うと、岸谷も小さい声で、がんばれー、とか言うので、都もがんばれー、とラックの向こうに聞こえないような声で言って、二人で陰ながら応援する。
しかし、ラックの向こうからは、若いお客たちがパイロット拠点への疎通が取れない、背の高いお客が電話で、パイロット拠点に入っている本社のIT担当者、つまり背の高いお客の同僚と、本社でコアスイッチの切り替えを実施した途端通信が出来なくなった、などと聞こえてくる。新しい方のコアスイッチで何か設計やコンフィグが足りていないとか、そんなことだろうか。都はコアスッチの配下がどうなっているかは全くわからないので、想定にしか過ぎない。
「だめだったのかな?」
都は岸谷に顔を近づけて、というサインを送る意味で、岸谷の胸に頭を預けるような首の寄せ方をすると、岸谷は体をかがめて顔を近づけてくれたので、小さい声で言った。
「だめだったみたいですね。」
岸谷も小さい声で返した。岸谷が声を低めると、口蓋に舌が当たるような音がして、それは都にはとても心地よい音で、こんな状況でも聞いていたくなってしまう。ファンの音がうるさくて、その心地よい音がちゃんと味わえない。どこか静かなところで、二人で声を低めて会話したい。
お客たちはしばらくトラブルシューティングをしていたが、一旦切り戻す、となったようで、またポートを読み上げる声が聞こえてきた。LAN側のケーブリングを戻すと、不達になっていた通信が復旧したらしく、戻った戻った、と言う若いお客の声が聞こえる。背の高いお客も電話越しで、同じようなことを電話の向こうと確認している。つまり、新しいコアスイッチのコンフィグがどこか足りないのか、あるいは新しいコアスイッチの筐体やソフトウェアの不具合なのか。それとも新しく追加した設計が、新しいコアスイッチにはあって、それが何か悪影響を与えているか。どちらにせよ、詳細を知らない都にはわかりかねた。
その後再度新しいコアスイッチへ切り替えたが、状況は変わらないようだ。旧コアスイッチだと本社とパイロット拠点の通信は成り立ち、新しいコアスイッチへ変わるとその通信が成り立たなくなる。明らかに被疑箇所はお客の新しいコアスイッチだ。
お客たちは静かになったが、各々設計やケーブリングなどを見直していて、会話がなくなっただけだろう。お客のトラブルシューティングは続いているが、ラックの向こうからは問題が解決したような声は聞こえてこない。
都は右手首を返して、時間を確認すると、もう21時を過ぎてしまった。都と岸谷が東京へ帰るには、客宅を21時20分には出ないと、最終の東京行きの新幹線に間に合わない。都は岸谷に、営業にどうするのか聞いてもらわないといけないと思い、岸谷の方を向いたところで、背の高いお客が、ちょうどラックの裏へ入ってきた。
「申し訳ないのですが、すみません、ちょっと相談に乗っていただきたいのですが…。」
たまたま都がそちらを向いた時に、目があったからかもしれない。大抵のことは岸谷に話しかけ、都に一瞥すらしない背の高いお客が、最初から都を見て、都に話しかけてきた。しかし都はあまり頼まれているという感じを受けなかった。むしろ、これから何か責められるような予感すらした。