16-01

16-01
良く晴れた日で、都の部屋のある土地を出発する時は上着がいらないくらいだったし、都はビーチサンダルを履いていこうかちょっと迷ったくらいだった。
都はここ数年、ビーチサンダルを履いていなければ、ほぼワークブーツだ。ビーチサンダルが履けるギリギリまで、履いて、足が冷たくなってきたら、ワークブーツ。そしてビーチサンダルが履ける気候になったら、即それ。パンプスだローファーだ、というのはあくまでオフィスのドレスコードに合わせるためだけ。
都のワークブーツは、かなり歴史のある男性用のブランドのもので、レディースという製品はない。レディースとして履きたい場合は、合ったサイズのものを買えば良い、というものらしい。ラインナップで一番小さいサイズは、ちょうど都の足のサイズだった。白い厚みのあるラバーソウルのブーツが有名で、一般的にはこのブランドといえば、このソールのものだろう。けれど都はそれがあまり好きではなく、男子がそれに憧れるのは良くわからなかった。
兄と一緒に暮らしていた頃、兄がこのブランドのブーツを買いに行くというので、一緒に東京の有名な商店街へ行った。行きの電車の中で都は兄に、例の白い厚みのあるラバーソウルのやつはあんまし好きくない、と正直に言ってみた。兄のファッションセンスが、世間的にどうなのかは良くわからないけれど、少なくとも都にとっては、いつも素敵で、可愛らしい格好だ。都のファッションセンスは、兄の影響によるところが大きい。そんな兄が、自分が好きじゃないと思っているブーツを、足元はお洒落の要なのにもかかわらず、履くなんて。そんな風に思っていたので、少し不満気に兄に言ってしまったのを覚えている。兄は、だから昨日からなんか微妙な顔してたのかと笑って、そうじゃない形のもあるんだよ、と教えてくれた。
このブランドを多く扱っている靴屋へ入ると、都のイメージとは全く違うデザインのブーツがたくさんあった。男の子が履くにはとてもかっこいいし、兄にはきっと似合うはずだと、都もその場で興奮したものだったが、値段はとんでもなく高かった。実際、兄にはとても似合っていて、格好良かった。兄は今も、ブーツと言えばこのブランドのブーツだ。
兄が結婚して、都が一人暮らしをするようになり、随分たってから急にこのブーツを思い出した。自分も履いてみたい、と思った理由はよくわからない。大好きな兄への執着を昇華させたものだったのか、単に兄のファッションセンスに影響を受けた都の、嗅覚が自然に嗅ぎつけただけなのか。何れにせよ、かなり思い切って買ったものだ。今でも都が持っている靴の中ではこれが一番高価だ。3ヶ月に一度は、綺麗に汚れを取って、オイルを塗ってやると良い。そんな手入れ方法をウェブで見て、購入以来きちんと3ヶ月ごとに手入れをしている。ブーツの革がどんどん味のある色になってくるのを、手入れの度に眺めては、なんだか小さな満足を覚える。
岸谷は、都の車が停めてある駐車場のあるあたりの地理を、だいたい覚えたと言うので、駐車場隣の公園で待ち合わせすることになった。一回で道を覚えてしまうのは、方向音痴の都にはマジックでしかない。岸谷は、割とどこでも一回で道を覚えられると言う。
「間宮さんはー、何処か行きたい時はー、あたし連れて行けばいいんです!」
都が自分の方向音痴を嘆いて、岸谷の方向感覚と記憶力を羨ましがると、岸谷はそう自慢げに言うので、都は笑ってしまった。
都の賃貸マンションからの動線だと、その公園には裏から入るかたちになるが、駅からの導線だと、正面入り口に面した歩道から入るかたちになる。都は、兄一家と実家へ一緒に帰る時、兄が都を拾ってくれる道路から公園へ入って、公園の中を通り、正面入り口の方へ向かった。正面入り口にある、積まれたレンガに腰掛ける裸婦像が中央に設えられた植え込みの隣に、見覚えのある、ゆるいウェーブの茶髪の女子が公園に背中を向けて立っていて、おそらくはスマートフォンをいじっているのが見えた。髪の一部を小さなシュシュで束にして流している、赤い縁取りでゆるい作りのスタジアムジャンパー風のコート、その裾から少しだけ覗くのはニットのワンピース、黒いストッキングで綺麗に描かれる脚線は、ショートカットのバスケットシューズに収まっている。可愛らしいと思ったが、岸谷が着るような服装ではないような気がしたので、都は後ろから声を掛ける勇気がなくて、裸婦像のある植え込みの反対側から回り、その女子の顔を確認した。岸谷だった。岸谷は、都の視線にすぐ気がついて、スマートフォンから目を上げると、嬉しそうな笑顔をいっぱいに浮かべて、挨拶をしてくれた。都は挨拶を返して小走りに近寄った。
「今日、すっごい可愛いねー。」
都はそう言いながら、岸谷を舐め回すように見てしまった。ちょっとコケットな格好と言えばそうだが、よく似合っている。
「そうですかー。えへへー。」
岸谷は、珍しく少し恥ずかしそうににやけると、それを誤魔化そうとしたのだろうか、モデルのようなポーズを取りながら、ちょっと自慢げな顔で軽く踊って見せた。ゆるい作りのスタジアムジャンパーなので、トートバッグを下げていない方の肩が出てしまっているが、それも可愛らしかった。岸谷は、お返しに、という意味なのだろうが、都の服も可愛いと言ってくれた。都の格好は、岸谷と正反対で、ミリタリーシャツに、細いネクタイ、下はジーンズにワークブーツだ。夏は露出が多い服を着たがるのだが、気候が変わると、突然真逆の格好をしたくなる。そんなちょっとひねくれたところが都にはあった。
「間宮さん、ボーイッシュなかっこめっちゃ似合います!」
「そうかなー。えへへ。」
都も思わずでれでれしてしまう。そう、兄の影響のせいで、ミリタリー風のシャツが好きなので、結果どこかボーイッシュな格好になるのかもしれない。三十半ばを回っても、兄の真似ばかりして、それを褒められると嬉しくなってしまう。どうしようもないな。都は自虐的な思いが噴き出しそうになる。
だいたい車で遠出をする時は、1時間に一度は休憩を取るようにしているのだが、話が盛り上がりすぎて、2時間車に乗り続けてしまった。車に乗る前にコンビニエンスストアーで、水分とちょっとしたお菓子とを買ってあったので、立ち寄る必要性が少なかったせいもあるかもしれない。首都高から東北道へ抜けるまでのすごい渋滞もほとんど気にならなかったくらいだ。来年になると、都の住んでいる県から、首都高を経由せずに東北道へ抜けられるようになるという。酷い渋滞、狭くカーブが多い、分岐が難しい。その首都高を経由せず、東北道へ出られるようになるのは嬉しい。都は、今日岸谷を連れて行く場所へは定期的に行くので、首都高を通らなくて良くなるのであれば、ほっとさえするだろう。首都高では走る車車が、喧嘩腰な気がして、都には走るのがしんどい。
思い出したように休憩のため立ち寄ったサービスエリアで、車を降りてみると、空気が冷たくて二人できゃあきゃあ言った。しかし、すぐにそんな大騒ぎするほどは寒くはないことがわかって、都は用意していた上着を着なくても良かった。今日部屋を出る寸前までビーチサンダルをまだ履こうか迷ったことを、都が岸谷に言うと、岸谷はもうそれじゃ寒いですよと笑っていた。
「でもー、あたし間宮さんのショートパンツにビーサン、可愛いくて大好きですよー。」
岸谷はまるでちょっとした告白でもするかのように、あるいはちょっとふざけてなのか、恥ずかしそうな様子を見せ隠ししながらも、いっぱいの笑顔だ。都は素直に嬉しくて、礼を言った。
駐車場で車から離れていく時、岸谷は当たり前のように都の左手を取って、指を絡ませて繋いた。相変わらず岸谷の手は少し冷たい。緩い岸谷のスタジアムジャンパーの右肩は、くっつく都の腕に引っ張られて、肌蹴てしまう。
「肩寒くない?」
「セクシーで良いじゃないですかー。」
都の心配に、岸谷は自慢げに返すので、だよねーと、二人で大声を出して笑った。
サービスエリアの建物まで少し長い階段を、二人で手を繋ぎ上るのは楽しかった。二人で二人三脚みたいに歩調を合わせたりして遊びながら、岸谷のバスケットシューズのすたすたという音と、都のワークブーツのこつこつという音とを、重ね合わせながら上っていく。
トイレを済ませたり、お土産屋を見回ったりしてから、サービスエリアの建物の外を歩いていると、ちょうど建物のガラスが鏡のようになって、二人が手を繋いで歩く様子が映った。都が、ほら映ってる、と言うと、岸谷は鏡の自分たちに手を振った。
「あたしたちってー、ちょー可愛くないですか?」
岸谷は比較的真面目に言うので、都は破顔して同意した。
土日や祝日に来ると間違いなく渋滞している、避暑地として有名な高原を通る街道も、それほどの車の量ではなく、目的地まですんなりと着いた。小高い丘を利用して造られた、ミニテーマパークと言って良い場所だ。東南アジア風の建物がいくつか、丘を登る公園の中に建てられていて、それを巡るような動線になっている。建物は全てアジア雑貨屋だ。駐車場は混んでいれば、独特な交通指導で有名な警備員がいるのだが、平日だと空いているため不在で、それを岸谷に見せることが出来なかったのはちょっと残念な気もした。
「何ここー、やばーい!」
駐車場に車を停めて降りると、東南アジアの遺跡にありそうな、半獣の神像が守る高い柱が聳える門、その向こうに見えるやはり東南アジア風の様式の雑貨屋の建物や植物、わざと粗い作りにしてある掲示板など、一貫したテーマで全体が作られている。作り物といえばそうなのだが、都はこの場所がすごく気に入っていた。有名な巨大テーマパークは、都はあまり好きではないが、ここの少し小さくまとまってはいるけれど、非日常というほどではなく、日常と異なった情緒がほんのり感じられるような雰囲気が好きだった。しかし、ここを気に入るかどうかは、人によりけりだ。岸谷がその通る声で喜んでくれたのは嬉しかったし、安堵もした。もっとも、岸谷は都に気を遣ってくれているだけかもしれないので、都はまず自分の買い物を済ませてしまおうと思った。岸谷があまり気に入らないのであれば、他を探して車を走らせるのだって悪くない。
「あ、間宮さん、回しましょ。」
最初の雑貨屋に入る細く短い道の両側にはマニ車があって、岸谷は少し小走りに駆け寄っていった。都と岸谷は両側に分かれて、二人で回した。梵字が刻まれた鐘はそれなりに重く、少し力を入れないと回らない。回すと経典を読経したことになるという意味合いだから、それなりに重いのかもしれない。そんなことは関係なく、都と岸谷はきゃあきゃあ言いながら回して、そのゴロゴロという重たい音を楽しんだ。
マニ車を抜けると、雑貨屋の店舗前のスペースに出る。東南アジアっぽい像や調度品などが並び、建物の壁や、軒先に並んでいるアジアっぽい色彩・デザインの服などで、ちょっとした異空間に迷い込んだような錯覚すらあって面白い。岸谷は、ここちょー楽しいじゃないですか、とか言って喜んでいる。二人でまず、無人店舗のような作りの、たくさんの香が並んだ香専用の小屋の方へ向かう。都はアジアの香を焚くのが好きで、好きな種類の香をここへ定期的に買いに来ている、という話は岸谷にしてあった。ちょうどストックが切れかかっていたので、買いに行きたいと思っていたところ、岸谷がドライブに連れて行ってくれと言ってきたから、ここに来ようとなった。
「あー、間宮さんの香りがするー。」
小屋に近づくと、岸谷は言った。都の側に来ると、時々服から香の香りがしているのは気がついていて、いつか聞こうと思っていたという岸谷は、何か見知らぬ土地で、知己でも見つけたような反応なので、都は笑ってしまった。小さな買い物かごを使って、お気に入りのものを掻き集めてから、岸谷と一緒に、香りが試せるよう穴が空いている香の箱をあれこれとって、これは良いとか、これは良くないとか、嗅ぎ分けを二人で楽しんだ。岸谷は、都の真似をする、と言って、3種類ほど香を買っていた。香台も都と一緒に選んで買っていく。
東南アジアの田舎の方にでもありそうな造りの、雑貨屋の入り口を入ると、自然の地形をそのままにしてあるので、高低差があったり、くねるような店内になっていて、店内巡りはちょっと探検になる。その一見雑多に、しかし実はきちんと整理されて所狭しといっぱい並べられた雑貨の山を、都と岸谷は手を繋いで物色して行く。東南アジアから仕入れた服もかなり置いてあって、体に合わせて見せ合ったり、全身鏡を覗き込んだりと楽しんだ。都はシルエットが可愛いゆるゆるなサイズ感の、エスニック柄の入ったコートを買うことにした。岸谷も、お揃いを着るんだとか言って、色違い、デザイン違いのコートを買っていた。今度二人で買ったものを着てデートしましょうと、岸谷は嬉しそうだ。都と岸谷は、そのほかに革製のブレスレッドや、色とりどりのミサンガなんかをいくつか選んだ。布製の紐に小さな陶製の飾りのついたネックレスで、アルファベットを象ったものがあって、岸谷はMを手にとっていた。
「M?」
「都ちゃんのMです!」
岸谷は自慢気に言った。レジをすませ店を出ると、すぐにこの雑貨屋一帯の施設名の入った買い物袋から、そのネックレスを出して、首に回していた。岸谷はとっても良い笑顔で都に見せるので、都はどう反応して良いかよくわからず、可愛いね、とだけ言っておいたけれど、くすぐったかった。
その後、すっかりお昼時間も過ぎてしまっていたこともあり、岸谷がお腹空いたと言うので、一つ丘を登ったところにある雑貨屋に併設された、アジア料理屋でお昼にした。一人で食べると、そんなに美味しいと思わなかったのだが、二人で食べるととても美味しく感じた。それとも、単に味にばらつきがあるんだろうか。それはそれで味があって良いな、と思った。
丘の中腹にある広場で、ハンモックのようなブランコに乗って遊んだり、木で編まれたソファに寝転がったりしてから、丘の一番上にある、最後の雑貨屋に入った。店の奥の方で陽物崇拝の置物を見つけて、下品な冗談を一言二言言い合ったら、静かな雑貨屋の中で大笑いしそうになって、それを我慢してお腹が痛いくらい可笑しくなった。雑貨屋の外で出て、何が可笑しかったのかすら忘れてしまって、二人で大きな声を出して大笑いした。
「あたしたち品がないわー。」
「楽しいですね!間宮さん!」
都は出てきた涙を拭いながら、自嘲気味に言ったが、岸谷はそれすらも楽しかったようで、満面の笑顔だった。
その後、岸谷がスマートフォンで探した、ここからあまり遠くない、お洒落なカフェへ車を走らせて、お茶とケーキにした。あれこれ喋っているうちに陽はすっかり傾いてしまって、寂しい空模様となってしまった。帰らないといけない、と思いもするし、休みが終わってしまうことを強く感じさせるこの時間が、都は少し苦手だった。奇妙と言っていい寂寥感が胸に広がって嫌だった。しかし、日が暮れ切ってしまうと、不思議とこの時間帯の寂寥感は消えてしまう。
「岸谷さん、まだ帰らなくても大丈夫?」
都は少し遠慮がちに聞いた。ただ、今帰るとなると、渋滞に突っ込んでいくようなものだ。
「何言ってるんですか!あたしは間宮さんと朝まで一緒にいたいくらいです!」
頼もしいのか、単純に楽しんでくれているのか、それとも気を遣ってくれているだけなのか、都は判じかねたけれど、その笑顔に繕いはなさそうだった。
都がこの避暑地として有名な土地へ遊びに来た時には、最後に夕方遅くまで開けている美術館へ寄ることにしていた。影絵で有名な作家の個人美術館で、建物そのものがその個人の作品に合うような造りになっている。入り口の門構えからしてそうだ。ここは坂の途中にあるので、砂利の駐車場に車を停めた後は、結構急な坂道を転がらないように気をつけながら下り、美術館の門を潜る。履歴書の趣味欄に書くことがないからそうなのではなく、都は本当に絵画鑑賞が好きなので、美術館に行くのは楽しいが、岸谷がどうなのかはわからなかった。岸谷にこの美術館へ最後に寄りたい、と都が言うと、岸谷は作家の名前をスマートフォンで調べて、作品を見ると、行きましょう行きましょう、と乗ってきてくれた。
門を潜ると、ちょっとした林の中をそのまま散歩道にしたような、細い歩道を進む。ある程度は切り開いたのだし、人が整備しているはずなのだが、鬱蒼としたと言って良いくらいの木々が茂る。日がかなり落ちてしまったから、ライトアップが綺麗で、岸谷は喜んでいた。しばらく行くと、とても小さな教会があり、この作家の影絵がステンドグラスになっている。自由に出入りすることが出来て、今日は誰もいないから、二人でゆっくりと中を見られた。そんなに明るくはないのだが、そのステンドグラスが何かをもたらしているのだろう、どことなく明るい感じがする。岸谷は窓を飾るステンドグラスを見ては、可愛い、を連発していた。
美術館の方へ入ると、展示室の作品のほとんどが影絵ということもあるだろうが、黒い壁が多く暗い照明になっている。作品を裏から照らす照明が室内をも照らしているようにすら感じる。もう50年以上も前の作品だという、中国の古い伝奇小説がモチーフの影絵は、最近誰かが描いたものだと言ったって、信じてしまうくらいの躍動感がある。いや、もしかしたら、この躍動感が今はもう誰も出せないのかもしれない。
作家のアトリエを再現した展示へ登る螺旋階段の近くに、とても夏を感じる女の子が描かれた作品がある。カラフルなセロファンが輝くようで、夏の暑さと開放感が透明感を持って鑑賞者にやってくる。この作家の作品の中で、都はこれが一番好きだった。
しばらく展示を進むと、震災の後を影絵にした作品が並ぶ一角へ出る。その中に、鉄骨だけ残った役所が、星空の下に大きく描かれ、そこから何かが羽ばたいていくような光景を描いた、色セロファンの影絵がある。鉄骨の所々には、この作家の作品でよく見られる、笛を吹く子供が乗っている。都はこの作品を見ていると、何かが、それはなんと形容して良いのか全く見当がつかない何かが、都の体の中を下から上へ通り抜けていくような感覚におそわれる。聞いたことのないような音と、見たこともない光を伴った何かだ。感動しているのか、悲しいのかもよく分からないけれど、涙が目に溜まって行く。それでも目を逸らすことができない。
都がこの作品の前で立ち止まってしまい、長いこと動かないでいると、しばらく一緒に見ていた岸谷は、いつまでも作品から目を離せないでいる都の肩を抱き寄せて、頬を都の頭にくっつけてくれた。都は我慢していた涙が零れてしまった。
美術館を出ると、外はすっかり真っ暗で、電灯もろくにないこの坂は、ちょっと怖いくらいだ。何か出そうだと、二人できゃあきゃあとふざけた。
晩御飯は、下りの高速道路上にある、美味しそうなご飯が食べられるサービスエリアを岸谷がスマートフォンで見つけて、そこで食べた。食べてから、そのサービスエリアにも、例の世界的に有名なカフェがあったので、お茶をして、少し車で仮眠を取ってから、岸谷を彼女のアパートまで送った。日付は変わってしまっていた。
「間宮さーん、今日もあたし送られオオカミになれないんですかー。」
シートベルトを外しながら、そんな冗談を岸谷は言うので都は大笑いしてしまった。
「またぜったいどこか行きましょうね!」
「うん、行こうね!」
岸谷の別れの挨拶に、都は、自分でもびっくりするくらい、とても素直に返すことができた。