09-04

2022-01-23

09-04

 土曜の朝早くは、平日よりは通勤客が圧倒的に少ないので、混雑は緩和される。それでもある程度の人出はあって、明らかにこれから仕事へ向かうんだという人もそれなりにいる。朝早くからどこかへレジャーに出かける人たちは、元気で活気にあふれているように見える。気温は上がりそうだが、残暑もかなり弱まっていて、平日とは違うホーム上の人物模様もあり、朝の爽やかさが感じられる気がした。
 今日は長い待機時間があるはずので、帰ってくるのが夕方以降になりそうなのは憂鬱だ。しかし、ただの現場作業員としての業務なので、設置が終わってしまえば、あとは待機だけなのだから、それほど気に病むこともないだろう。それでも、実際にWAN回線を繋いでも、プロバイダエッジルーターまでpingが通らない、インターネット回線にルーターを繋いだが、インターネットサービスプロバイダとのPPPoEが上がらない、送付済みのルーターに何か備品が足りていない、ルーターに不具合や故障があって、ルーターそのものが設置できない、電源が入らない、正常に起動しない、などのトラブルは起こらないとは限らないのだから、呑気にもできない。両方の客宅ルーターへ、オフィスにいる担当SEからリモートアクセスが出来るようになり、彼らのWAN開通試験が無事完了するまでは、それなりに気を張っておく必要はある。それに、今回は温度が高くなっているお客の本丸へ乗り込まなくてはいけないのだ。こういう場合、サービスプロバイダ側の人間だというだけで、態度が頑なになるお客は少なくない。都は緊張を鎮めるため、静かに深呼吸をした。
 最初の電車区間では座れなかったが、次の電車区間では乗った駅から乗り継ぎ駅まで座ることができた。膝の上に乗せたパンパンに膨れたビジネスバッグは重たいが、立って持っているよりははるかに楽だ。目を瞑って休むが、眠れはしないから、乗り過ごす心配は不要だった。最後の乗り換えは、都があまり慣れていない東京の副都心の駅だ。いくつもの路線が入っている駅で、慣れている人であればA線の駅へはどうやって行く、B線の駅にはこうやって行く、とすぐわかるのだろうが、都は乗っていた路線を降りたところから、ホームの看板で、目的の路線の駅へ向かう出口を探さないといけなかった。指定の出口へはたどり着けたが、その出口を出てから、右か左か案内がなく、ちょっと迷った。駅構内は土曜の朝早い時間ながらも、それなりに人出がある。この東京の副都心として知られた街で、すれ違う人たちは、明らかに都とは人種が違う気がした。洗練された、というほどでもないが、都会に住み慣れ、都会で生活することが当たり前の人たち。東京と言っても、オフィス街として有名な町は、ベッドタウンから働きに出てきている人が多くて、こういう都会というものが当たり前だという雰囲気の有無は、スーツやビジネスカジュアルで誤魔化されてしまっている。
 ちょっと行きつ戻りつをしてしまったが、時間のロスはなく、最後の路線の駅へ無事たどり着いた。その駅は始発駅で、到着する電車は全て終点ということになる。到着した電車からは人がなだれ込むように降りてくるけれど、これも平日に比べれば少ないのだろう。都はスマートフォンの乗り換えアプリで出してある、この路線の出発時刻と、駅の出発列車案内の電光掲示板の時刻とを見比べる。一本余裕があるようだが、都が乗りたい始発時刻の列車は、もうホームに到着しているので、都はそれに乗り込み、席に座った。家を出る前に持ち物確認をした時に、3芯電源プラグの2芯変換アダプターと、小さなスイッチングハブを持ったかどうか確認していなかったことを思い出した。慌てて膝の上に乗せたカバンのジッパーを開けて、中をガザガサと漁る。せっかく綺麗に収まるように入れたのが台無しだ。それにその2つは絶対なければいけないものでもない。ただ、もしそれが必要な場面に出くわした時、早くその場面をすり抜けられるか、そうでないかが変わってくる。どちらもカバンの内側にあるポケットの中に収まっていた。もちろんスイッチングハブ用の電源もある。都は、大きく安堵の息を漏らした。ポケットの中に、ケーブルを束ねるためのマジックテープと、ケーブルに紐でくくりつけることのできる示名条片が入ったままになっていた。そう言えばこれも必要な時もあるね、と都は自分の事前確認が甘かったと反省した。やはりしばらく現場作業員をやっていないと、感覚が鈍る。カッターやハサミ、油性ペンなども入ったままだ。ケーブルをまとめたり、示名条片をつけることは、ラック全体のケーブルマネージメントに関わることなので、基本お客自身でやってもらうことが多い。稀に、適当にやっておいてと頼まれることもあるので、そのためにこの手のものはあると便利だった。
 この路線は、首都圏へ通勤する人のベッドタウンとなっている、隣県の住宅街と都内とをつないでいるため、土曜朝早くの下り線は空いていて、どこか牧歌的と言って良い空気が漂っている。忘れ物があったかもと焦って、それが余計な杞憂だとわかった安心感もあっただろう、都は少し眠気に包まれてしまう。天気が良く、電車の中に射し込む初秋の日差しも安堵を誘う。しかし、現場作業員としての客宅に遅れなく到着しなければならないという緊張感と、トラブルなく無事に終わって欲しいという祈るような気持ちとが、眠りに陥ることを許してくれない。
 目的地の駅は、改札は一つしかないので、出たところで待ち合わせと聞いていた。駅を降りて右の手首を返して時刻を確認すると、8時半だった。少し早く着いたが、それは都の企図した通りだ。とりあえずひどい迷い子にもならず、電車遅延もなく到着できた。工事の日、電車遅延などがあったり、現場作業員の時であれば、乗り換えで迷ったり、運転見合わせで全く想定外の経路を取らなければならないことがあったりすると、その工事も何かトラブルが起こることが多い。それは単なる偶然でしかなくて、オフィスや現場までの移動の間が順調であっても、工事でトラブルが起こることもあるし、逆もまた然りだ。だが、共時性と言っていいことは現実としてあるし、実際移動時のトラブルと、工事中のトラブルがシンクロしてしまうことは、都の経験上多かった。なので今日、無事にここまで到着出来たことは、都にとって一安心出来るものだった。
 一度ホームのベンチに荷物を置いて、スマートフォンを取り出し、自分の携帯のメールアドレスに送っておいた、今日の待ち合わせ情報を読み直す。時間は大丈夫、念のため日付も大丈夫。そして待ち合わせの駅も大丈夫だ。都はバッグを持って、橋駅舎へ上がる階段を登り、トイレに立ち寄ってから、改札を出た。改札を出て辺りを見回すと、待ち合わせをしているように見受けられる人はいなかった。改札と切符売り場の間に、看板はあるものの、一面壁しかないスペースがあり、そこで待とうと都は思った。駅構内に人はそこそこいるが、空いている。改札も結構広いので、平日の通勤時間はおそらく沢山の人でごった返していることだろう。
壁を背中にして立ち、カバンは両足で挟むようにして床に置いた。スマートフォンを取り出すとチャットアプリに、ものすごい久しぶりにメッセージが届いていた。岸谷からだった。
 おはようございます!私もうすぐつきます!間宮さんはどんな感じですか?
 テキストからも、岸谷の通る声が、元気一杯に聞こえてくるようで、都は頰が緩んでしまう。メッセージの着信時間を見ると、都がホームから階段へ上がり始めたあたりで、受信したようだった。都は朝の挨拶と、自分はもう着いて、改札を出て右に行ったところで待ってる旨返した。都がブラウザでニュースサイトを開こうとしたら、チャットアプリにメッセージの新着を知らせるポップアップが出た。
間宮さん早い!私も今着きました!向かいます!
 感嘆符だけではなく、テンションの高そうな顔文字を挟んでくるので、その元気さが可笑しかった。遠くから電車の発車ベルが聞こえてくるので、たぶんその電車に乗っていたということなのだろう。電車が来ても、ここが住宅街の駅で、朝の時間帯だから、改札から出てくる人は少ない。しばらくすると、岸谷が出て来て、すぐに都を見つけていた。オフィスから遠く離れた土地で会うのは不思議な気もした。緩やかなウェーブを数回描く長い髪は後ろで束ねられていて、普段は見えていない長く白い首が露わになっており、さっぱりした印象を受ける。グレーのスカートスーツは背の高い岸谷に良く似合っていて、可愛らしくもあり、格好良くもあった。
 「おはようございます。」
 岸谷は笑顔で挨拶をしながら都に近づいて来た。ハイヒールが床にコツコツ立てる音は、高い天井に少し木霊する。
 「おはよー。」
 都も笑顔で挨拶を返した。
 「間宮さん、昨日すみません、全部間宮さんに荷物持たせてしまって…。」
 岸谷は都の足の間に挟まって床に置かれた、都のビジネスバッグに目を落としながら言った。金曜日は、都のオフィスは定時退社日となっており、社員は厳密にこれを守らされることがある。木曜の夕方、金曜日に持ち物分担して持って帰ろうと、岸谷と都は話していた。しかし金曜日当日、都は問い合わせ対応でバタバタしていたし、岸谷も別件で忙しかったようで、それについて話す時間が取れなかった。終業時間間際で岸谷が慌ててやって来たのだが、都はちょうど手を離せなかったので、都が全部持っていくから良いと言った。岸谷はそれは申し訳ないと言って、一度は引かなかったのだが、行きは都が持って行くから、帰りは分担しよう、とにかく今は手が離せないし、岸谷もオフィス出ないといけないだろうと、結局引いてもらった。
 都は現場へ直行する形の現場作業員業務の時、必要な道具類を人に持たせるのはあまり好きではなかった。何かのっぴきならない事情が起こり、その人が来れなくなった時、作業ができなくなってしまうからだ。持ち物がないので、作業できません、などと現場立ち会いのお客さんや、データーセンターの係員に言えるわけなどないのだ。たとえ重くても全部自分で持って行きたかった。
 しかしそれは逆も然りで、岸谷にとってみれば、派遣社員に現場作業で必要な道具類を全部持たせることに不安があったかもしれない。万が一都が現場に来れなかった時、都がPC含め、全部持ってしまっているわけだから、緊急でスキルのあるエンジニアを代わりに現場へ直行で向かわせたとしても、肝心の道具類、とりわけ持ち出し用PCがないので、その代替エンジニアは無駄稼働になってしまう。何も出来ない人間ばかりが客宅に次々とやってくることは、お客の怒りを買っても仕方がない。PCの持ち込みに事前申請は大抵必要だから、取り急ぎで私用のPCを持ち込むことも出来ない場合は多いし、そもそもそれはセキュリティ的に問題がある。
 おそらく岸谷はそんな不安を持っていたのではなくて、単に都に全部持たせるのは良くないと、気を使ってくれていただけなだろう。穿ったものの見方をするのは、自分の性格の悪いところだと、都は思っていた。
 「今少しあたしのカバンに入れちゃいません?」
 岸谷はトートバッグの持ち手を両手で持って広げて言った。
 「大丈夫だよ。ありがとう。ここで荷物広げるのはちょっとねー…。」
 都は苦笑いで言った。正直、重たいので、少し岸谷のカバンへ入れてしまいたかったが、人通りがそんな多くないとは言え、公衆面前でカバンを広げて、荷物を片方から片方へ移すのは、なんとなく動きとしては怪しい。移す移さないの押し問答が少しあったが、岸谷は帰りはちゃんと分けましょうねと折れてくれた。岸谷は都と並列に並ぶように、壁を背にして、両手でトートバッグを前に下げて立ち、二人で雑談をしながら営業の到着を待った。
 電車の発車ベルが遠くから聞こえた。右手首を返して時間を確認すると、そろそろ待ち合わせ時間の8時45分だ。営業はこの電車に乗ってそうだと、都と岸谷は話した。改札からまばらに人が出て来る中、スーツ姿の男性二人連れが現れ、都たちに気がつき、こちらに歩み寄って来た。岸谷は二人の方に姿勢を向けたので、都もバッグを持ち、岸谷の斜め後ろに立って、スーツ姿の男性二人連れを迎えた。一人はまだ三十前後くらいの若い男。背が高くよく日焼けした浅黒い肌と、ヘアワックスで流れを作り、少し跳ねをつけて固めた短めの髪。かなり遊んでそうな軽い男、というのが都の第一印象だった。かと言って仕事ができなさそうな感じはなく、体型にフィットした細身の紺のスーツ、ワイシャツの首回りはきちんとサイズがあっていて、ネクタイもきっちり首元まで締めている。とても社交的な人間で、人付き合いが上手そうに見える。
 もう一人は四十半ばか、それ以降くらいの中肉中背の男で、黒い背広は普通の採寸のもののようだ。お腹が出ているのは目立つと言えばそうだが、これくらいの年齢であればそんなものかもしれない。ふくよかな顔をしているので、シワが目立つ顔ではないのだが、若々しさは感じられない。しかし、サラサラの髪質の頭髪は、真ん中分けの、眉が隠れるくらいの長さで、少し茶色に染められている。髪の毛だけ見たら、相当若く見えるかもしれない。男の人の見た目の年齢は、髪の毛で左右されるのか、それとも顔そのものや体のシルエットで左右されるのか、都は時々よくわからなくなる。胸を張って歩くのは、単にお腹が邪魔なのか、偉そうなのかは微妙に判断がつかない。担当の営業とその課長が同行すると聞いていたので、こちらが課長のようだ。そう言われれば、課長風の雰囲気を醸し出している。
 「岸谷さんですか?」
 若い男の方が、少し頭を下げ、低姿勢に伺うように聞いて来た。はっきりとした口調は聞き取りやすく、また、喋りも上手なんだろうという印象を受ける。
 「あ、はい、岸谷です。」
 岸谷はいつもの通る声で、こちらもはっきりと答えた。都はきちんとした社会人同士の見本みたいな挨拶だと思い、自分がとても矮小な人間のように感じた。
 「エンタープライズセールス、製造第二グループの平下です。どうぞよろしくお願いいたします。」
 顔を岸谷に向けたまま腰を折り、平下と名乗った若い男は挨拶した。慇懃な態度には、炎上案件なのに付き合ってもらって申し訳ない、という意味が見え隠れしているような気がした。岸谷もよろしくお願いしますと言って、腰を折った。都はつられるように、頭を下げた。
 「同じくエンタープライズセールスの橋本です。一つ、どうぞよろしくお願いします。」
 橋本と名乗った中年の男は、それほど慇懃な感じでもないが、かと言って、上から話すような口調でもない。どちらかというと、同じプロジェクトに取り組む仲間として歓迎するというような、親しげな雰囲気があった。もっとも、歓迎する、というのが上からだと言ってしまえばそうなのだが、岸谷と都はあくまで現場作業員だ。営業の新参者に対するそれは間違っていないだろう。営業は、このプロジェクト開始前から、お客に営業を掛け、サービスの説明やプレゼンテーション、見積もり、価格交渉、契約にこぎつけるまでの、お客と社内双方の調整や事務処理、オーダーに乗せた後も、担当PMとお客との間に立ち、プロジェクトのあらゆる側面で関わり、様々な苦労の中進めて来ているのだから。しかし、炎上案件に「歓迎」というのは、冗談でそういう態度なのかもしれない。そういう軽さがこの男にはあるようだ。
 「グローバルデリバリーの岸谷です。よろしくお願いいたします。」
 岸谷はその冗談を感じ取って受け流したのか、拾えなかったのかはわからない。真面目に、いつもの通る声で、今度は所属部署をつけて名乗り、また腰を折って挨拶をした。都も追随して頭を下げた。
 「じゃあ、歩いて10分くらいかかりますが、向かいましょう。」
 平下がそう音頭を取って、進行方向を指差した。了を返した岸谷に、橋本が頷きを返して、先頭を切って歩き出した。その後に、平下と岸谷が並んで続き、最後尾を都が歩く形に自然となった。平下は岸谷に、本年度入社かということを聞いて、岸谷がそうだと答えると、彼の部署にいるやはり本年度入社の新人の名前を挙げて、知っているかと尋ねた。岸谷は知っていることを、元気な通る声で返していた。その通る声に、行き交う人の中には、岸谷の方を見やる向きもいる。先頭を行く橋本は、時折首を少し後ろに向けて、話に加わり、エンタープライズセールス部へ配属となった、岸谷の同期の話題に参加していた。
 都はまるでいないかのような扱いだったが、これは社員ばかりの中に入るとよく受ける扱いだったので、気にならなかった。そういうものだと思っていた。平下も橋本も都に挨拶はなかったし、岸谷も二人から都について聞かれていない。おそらく、客宅入館申請のために、担当PMから営業サイドに、現場作業員二人の名前は事前に連絡がいったはずだ。今回の現場作業員は、外部ベンダーではなく、都たちの部署から人を出すということだから、この二人は何者だという話に営業サイドでなったのだろう。片方は本年度入社の新入社員で、もう片方は派遣社員だ、ということを営業の二人は把握出来たはずだ。だから平下は若い方に、岸谷か、と声をかけ、そちらが新入社員の方で合っているとわかると、派遣社員の方は無視で良い、という判断になったのだろう。それは派遣社員をシンプルに下に見ているという、超有名大企業の正社員が持つ、基本的な態度なのかもしれない。
 派遣社員というのは、会社で受け入れているというよりは、それぞれの部署や担当で、特定の業務のためだけに、必要なスキルを持った人材を、必要な時期、必要な期間で雇用するものだ。正社員は、その会社の一員であり、正社員同士はお互い知らない他部署の人間であっても、共にその会社としての事業に取り組む、まさに同志だと言って良い。しかし、派遣社員はそもそもこの会社の人間ではない。仲間意識や同族意識というものは、その派遣社員が働いている部署や担当内では、多少ありはするだろうが、正社員が他部署の派遣社員に、そう言った感情を抱くことは難しいはずだ。他部署の派遣社員など、全くの他人にしか過ぎす、他部署のオフィスに入っている、自販機や菓子置きサービスの補充員、というくらいの距離があり、挨拶すら必要ないと思われているのかもしれない。いや、そうではなく、こういう職種の人間に、総務以外の業務の社員は、どう挨拶すればいいのかわからないのかもしれない。
 今年度入社の新人が受ける研修の話で盛り上がる、営業二人と岸谷の後ろを歩きながら、都は街の風景を見遣った。バスターミナルのバス停に人の列はまばらだ。少し大きい通りの歩道の街路樹は、緑が鮮やかに感じられる。通りの車道を走る車の数はそれほど多くないし、どの車もそれほどスピードを出しておらず、穏やかな空気が漂う。良い天気で、気温も上がってきた。スーツの上着を着ていると少し暑くなってくる。今日はビーチサンダルを履いて、散歩に行ったら気持ちよかっただろうに。
 都は子供の頃から、近所の子供たちの集まりや、クラスメイトたちの中で、その集団の中にいるのだが、話や遊びに混じれずに、一人取り残されるようなことが多かった。そんな時、都はいつも遠くのどこかを、例えば空を見たり、近くの植え込みを見たり、壁を見つめたりしていた。それは今も変わらなかった。都は自分自身が、自分を置いていく「仲間」たちから目を逸らし、一体何を探して、どこか遠くを見ているのかよくわからない。自分をいつも構ってくれた兄を探してなのか、兄のように自分を無条件に受け入れてくれる、自分のための「仲間」が何処かにいると夢想してなのか。いや、単に退屈だから、何か気を紛らわすものがないかと、探しているだけだ。都はそう思うことにした。