07-04

2022-02-06

 「え、これって、この客宅ルーターのLAN側って、こうやってルーターが繋がっているってことですか?」
 岸谷は少しぐいぐい迫るように聞いてきた。
 「うん。OSPF回っているルーターについてはこういう接続になってるね。LSデータベースから見ると。」
 問題のルートを持っているルーターには、トランジットネットワークに繋がるインターフェイスが二つあった。それぞれのインターフェイスの先にはルーターが二つあって、その先で最終的に一つのルーターに繋がっている。都は客宅ルーターのターミナルウィンドウをクリックし、そのルーターのOSPF情報を表示するコマンドを叩いた。このコマンドは、実行したルーターのOSPFルーターIDを知ることができる。客宅ルーターのルーターIDは、図上で問題のルートを持つルータからのパスを最終的に終端している、ルーターのルーターIDと一致した。
 「あ、で、これがこの子だよ。」
 都は右手で図を指し、左手で持ったシャープペンシルで、専用端末のディスプレイを指しながら言った。
 「で、どっちがどっちのインターフェイスかと言うとー。」
 都はそう言いながらターミナルウィンドウで、インターフェイスにアサインされているIPアドレス情報一覧を表示するコマンドを叩いた。図に書き込んだIPアドレスと一致するものがちゃんとあって、片方はギガビットイーサーネット、片方はシリアルインターフェイスだった。図のIPアドレスのところにインターフェイス名を省略名でそれぞれ書いた。
 「こうだね。」
 図に描いた客宅ルーターのギガビットイーサーネットインターフェイス、シリアルインターフェイス、どちらから伸びる線をたどっても、問題のルートを持ったルーターに辿り着く。どちらもルーターを2つ越えると、対象のルーターだ。3ホップ目に問題になっているルートがあることになる。
 「これってギガビットイーサーネットからも、シリアルからも、どっちからでもこのルートにたどり着ける、ってことですか?」
 岸谷は、都が描いた図の経路を指で辿りながら聞いた。
 「そう。BGPのリシーブド・ルートみたいには見えないんだけど、こうやってLSデータベースを読み解いていくと、両方のインターフェイスから文句言われてるルートへの経路が二つあることを一応この子は知っているのがわかるのね。」
 都は図の客宅ルータを指差しながら言った。
 「OSPFって、ルートを隣からもらうんじゃなくて、ぼくの隣にはこの子とこの子がいて、その二人の向こうにはさらにあの子とあの子がいて…、みたいにつながりを覚えてる感じなのね。で、この子はこのルート持ってて、あの子はあのルート持ってて、みたいな感じのリスト?みたいなのを持ってる、って言えば良いのかなあ…。」
 都はあまり理論的に物事を考えるのがそもそも得意ではなかった。仕事に必要なスキル、知識はほぼ感覚的に習得して行ったところがある。なのでいざ人に説明しようと思うと時々言葉が怪しくなってしまう。せっかく頼ってきてくれたのに、上手く説明出来ない。都は自分の心を閉じてしまいたくなった。
 「あー。つまりこの子はこんな趣味持っていて、あの子はあんな趣味持っていて、って言う友達リストを作って、何かこういう話題の話がしたいなー、と思ったら、それに興味ある人と繋がりのある知り合いにメッセージ送って見る、みたいな感じですか?」
 岸谷は図上のルーターをそれぞれ指差しながら言った。岸谷は自分の感覚に落とし込んで理解しようとしている、少し的外れなところもあるかもしれないが、良い喩えだと思った。おそらくは岸谷の頭の回転の良さで彼女自身収まりのいいところへ都の拙い説明を落とし込んでくれただけなのだが、都は伝わったかもと嬉しくなってしまった。
 「そうそう、概ね、だいたい、おそらく、そんな感じ!」
 都はもうちょっとちゃんと理解してもらうためにはもっと説明した方が良いのかもだけど、今詰め込んでも良くないだろう、と言う思いと上手く説明出来なかったと落胆したところを聞き手なりに良い按配で飲み込んでくれたことが嬉しかった思いとが混ざって、おかしな言い方になり笑ってしまった。岸谷も一緒に笑っていた。
 「で、じゃあなんでルーティングテーブルで見るとシリアルインターフェイスの方を向いちゃってるか、って話なんだけど。」
 都は後は図を使ってしゃべるだけで良いのだが、笑いに流されながら話してしまうと多分岸谷を置いて行ってしまうから、きちんとゆっくりしゃべろうと思い笑いを引っ込めた。
 「さっき言ったみたいに、この子は自分が含まれているOSPFドメインの同じエリアの中に、こういう子たちがいて、こんな感じで繋がっているってのはわかってるのね。」
 都は図上の客宅ルーターを左手の人差し指で指してから、トポロジー全体をくるりと円で囲むように指を回して言った。岸谷は図を一緒に見ながら了承の返事をした。
 「で、その文句言われてるルートにたどり着くためには、この子からそのルート持ってる子まで行かないといけない。こっちのギガビットイーサーネットの方から行っても、シリアルの方から行っても辿り着けるから、どっち選んでも良いんだけどー…。」
 都は置いたシャープペンシルを握り直して、ペン先で客宅ルーターのギガビットイーサーネットの方から対象のルートを持ったルーターまで辿った。同じようにシリアルからもシャープペンシルがルーター毎に跳ねるようにぽんぽんと辿る。
 「辿り着きたいところまで行く時に、こうやって辿って行くと。」
 再度都はシャープペンシルで図上の客宅ルーターのギガビットイーサーネットの方から出て、ルーターを一つ二つと跳ねて行くように動かして見せた。
 「それぞれのルーターから次へ行く時に出口となっているインターフェイスがあるでしょ?」
 都は袖机から三色ボールペンを出して、赤ペンをノックして出し、客宅ルーターのギガビットイーサーネットの部分に丸、隣のルーターからさらにもう一つ向こうのルーターへ出て行くインターフェイスの部分に丸、という風に丸をつけて行った。シリアルインターフェイスの方からは青色で丸をつけた。
 「さっき見てたLSAタイプ1って、ルーターたちがそれぞれぼくこんなインターフェイス持ってます、IPは何です、とかのほかに、そのインターフェイスのコストは何です、って情報も持ってるのね。」
 「あー。OSPFってルート決めるのコストで決める、って前教えてもらいました。」
 岸谷はちゃんとは覚えてはいないが聞き覚えはある、という感じで言った。
 「で、インターフェイスがコストって値を持ってるんだけど、それってパケットが出て行く時にかかるコストなのね。入ってくる時は関係ない。どういうことかというとー。」
都は図の上の客宅ルーターの上にシャープペンシルのペン先を置きながら言った。
 「ここから、文句言われてるルートまで行くのに、例えばギガビットイーサーネットインターフェイスからだとこうやって辿るでしょ?」
 当該のルートを持つルーターまで、ギガビットインターフェイスから線で繋がっているルーターを次々とシャープペンシルで指しながら辿る。岸谷は了承の返事をしながら都が動かすシャープペンシルの経路を見ていた。
 「そうするとあるルーターから次のルーターまで行くのに出口となっている赤丸インターフェイスから出ていかないといけないじゃない?どこのルーターでも。」
 そう言いながら都は赤丸をつけた部分を順序関係なく次々とシャープペンシルの先でさしていった。岸谷は了承の返事をした。
 「この赤丸くんたちを出て行く時にー、うーん、なんていうのかな通行料?取られるみたいに、コスト、ってのがかかるのね。」
 都は客宅ルーターのギガビットインターフェイスという意味でつけた赤丸から始めて、問題のルートを持っているルーターまでの赤丸をシャープペンシルで点々と辿りながら言った。
 「文字通りコストがかかるんですね。」
 岸谷は飲み込めたような口調だった。逆に都の説明が余計だったかもしれない。
 「で、このギガビットイーサーネットから通らなきゃいけない赤丸のコストを全部足すとー。1足す、500足す、1。で、502。」
 都は赤丸で囲ったインターフェイスの横に書いて置いたコストを足して言った。客宅ルーターの赤丸からシャープペンシルで線を余白に引っ張って、そこに502と書き留める。ルートとしてのコストは、問題になっているルートのインターフェイスのコストも足す事になるが都は省いた。
 「通行料502万円。」
 岸谷が都の喩えに倣い言った。
 「高!」
 都は素直に反応してしまった。
 「で、じゃあこっちのシリアルインターフェイスの方からいくとどうなるかというとー。」
 今度は客宅ルーターのシリアルインターフェイスに当たるところにつけた青丸から始めて、その先につながるルーターの青丸を点々とシャープペンシルで辿る。
 「こっちの経路だと、20足す、100足す、1、で221円。」
 「え、間宮さん、単位が合わないっ。安すぎっ。」
 都は岸谷に合わせて日本円をつけたが、突然万円単位から円単位に下げてしまった。岸谷はそのことが可笑しかったらしく笑って返した。都は岸谷が笑ってくれたことが嬉しくて一緒になって笑ってしまいながら、ギガビットイーサーネットと同様、客宅ルータの青丸からシャープペンシルで余白に線をひっぱり、221と書いた。
 「さっきも言ったけど、文句言われているルートを持っているルーターさんには、こっちからもこっちからも行けることはこの子は知っているのね。」
 都は客宅ルーターの両インターフェイスから、件のルートを持つルーターへの道筋を辿るような線を書くように、シャープペンシルを図上の空中で2回走らせた。
 「で、どっちがコストが低いか…。通行料が安く済むかー、を考えて、安い方をルーティングテーブルに載せるのね。で、ギガビットイーサーネットから、あのルーターさんへ行こうとすると502万円かかるけど…。」
 「シリアルの方は221円と激安です!」
 岸谷は都の後を引き取って言った。二人で笑ってしまった。
 「えー。でもここまで見ないと見えないんですねー。」
 岸谷はちょっと面倒だなと思っているようだったが、知りたかったことがわかったような笑顔をしている。
 「BGPはあっちこっちからもらったルートを、ほらっ!ってお隣さんへぽいっ、て投げるって感じだけど、OSPFは、私こんなルート持ってますっていう自己紹介付きのお友達情報をお互いにどんどん交換しあって、登場人物相関図みたいなのを作る感じ。だから、あのルートは誰が持ってるんだっけ、その持ち主さんには誰経由で近づくのが早いかなあ、って考える、的な。」
 あまり別のことに例えようとすると説明が強引になったり、カバーできない事項が出てきたりするので、これ以上こう言った説明の仕方はしないほうが良いかもと都は思った。岸谷はなんとなくはわかったような顔をして、そうなんですね、と返事をしていた。
 「で、最初の話に戻ると、そのSO部の人の言い分は半分あっていて、見ての通り、ギガビットイーサーネットから行ける経路があるのも客宅ルーターは知っています。だけど、シリアルの方がベストパスになっているのは、別にあたしたちの客宅ルーターの設定が変だからとかじゃなくて、LAN側のトポロジー、構成がシリアルインターフェイス側の方をベストパスとするような構成になっているためです、って言い方になるかな。」
 「あ、すみません、もう一回お願いしてもいいですか、今の。」
 岸谷は都の言ったことを持ってきたノートに書き留めようとしていた。
 「あ、じゃあ、ちょっと書くよ。」
 都は通常端末のスクリーンロックを解いて、空のテキストファイルを開き、今言ったことを打っていった。
 「あと、さっきのLSAタイプ1のログをもこのメモと一緒に岸谷さんにメールで送るから、詳しくは添付のログを参照ください、ってSO部の人に返しちゃっていいと思うよ。」
 都は書いたテキストファイルは、メモと言う名前でデスクトップに保存した。
 「ありがとうございます。すみません、メモまで作ってもらってしまって。」
 岸谷は恐縮しながら礼を言った。
 「ううん。とんでもない。もしまたSO部の人が何か変なこと言ってきたら教えてね。」
 都は少し首を横に傾けながら言った。
 「はい、すみませんでした、お忙しいところ。ありがとうございました。」
 岸谷は返事をしながら丸椅子から立ち上がり、会釈をしながらもう一度礼を言った。都ももう一度とんでもないと返した。丸椅子を持って立ち去ろうとした岸谷は何か思い出して足を止めた。
 「あ、間宮さん、そう言えばCJの既存コンフィグ営業さんから来たので、後でフォルダのリンク送りますね。お時間ある時にでも中身見てもらっていいですか。」
 「りょーかーい。お願いしまーす。」
 都は既にフォルダは見つけていたのだが、岸谷がせっかくの申し出を無下にするみたいなので、もう見つけたよ、とは言えなかった。そいう気遣いをする必要などないのだろうけれど、都には難しかった。