05-05

2022-02-06

 「であれば、ちょっとこのインターフェイスのスピードとデュプレックスをオートにしてみろ、って言ってましょうか。」
 都は視線を岩砂から岸谷に移して言った。
 「スピードとデュプレックス、ですか。客宅ルーターの、ですか?」
 そう若干訝しげな声色と表情で言った岸谷だが、少し都の言っていることを取り違えている。都の言っていることが岸谷の経験則から外れているので、わかる方へ寄せて理解しようとしているのだろう。それは上手く正解に結びつくこともあるので、ただわからないと考えを放棄してしまうよりは良い。だが時に間違った方向へ舵を切ってしまう。
 「いや、そうじゃない。回線ってさ、両端で終端しなきゃいけないじゃん。それはわかる?」
 岩砂が助け舟をすぐ出した。
 「はい。客宅側が客宅ルーターで終端して、局舎側がプロバイダエッジルーターで終端です。」
 岸谷はすらすらと答えた。
 「うん、まあそうだね、でも客宅ルーターの手前で回線終端装置が回線終端してるでしょ。」
 物理回線の終端という意味ではこちらの方が正しい。MPLS網に接続する拠点への回線という視点であれば岸谷の理解であっている。
 「あ。そう、ですね。」
 岸谷は言われたことはわかったようだが、あまりきちんと飲み込めてないかもしれない。
 「で、その終端装置に、客宅ルーターのWANインターフェイスをLANケーブルでつなぐわけじゃない。」
 WANにLANケーブルと言うのは混乱しそうだが、RJ45インターフェイスのツイストペアケーブルを一般的にこう呼ぶので、それがわかっていれば問題はない。都はいつも混乱するので、イーサーケーブルとかUTPケーブルとか言うようにしているが、あまり同調してくれる人はいない。
 「はい。でもオフショアセンターによれば客宅ルーター側のインターフェイスのデュプレックスミスマッチチェックはOKだって言われてます。」
 イーサーネット接続の速度と通信方式がケーブル接続の両端で合致しているかどうかを確認することをデュプレックスミスマッチチェックと呼ぶ。岸谷は都がもう一度客宅ルーター側のそれをやってみろと言っていると解釈しているようだ。岩砂の話はまだ終わっていないのだが、途中で挟んできたのは少し混乱しているからなのか。それとも岩砂は都を頼るように言ったが、既に実施済みのことをやれと言うだけで、あまりこの人は当てにならないじゃないかと抗議したいのか。岸谷は都の方を見ずに、岩砂の方だけ見て話している。
 あまり頼りにならないのは確かだけどね、と都は少し自虐的に思うと同時に、若いのに態度が生意気だなと少し思ってしまう。しかし新入社員から見れば、都のような年齢の派遣社員は信頼すべき人間なのかと疑問を持つものなのかもしれない。都は自分の生き方やこれまでの人生を瞬時に振り返ってみる。それも致し方ないかなと苦笑いするしかない。
 「あ、そっちはもうやってあるんだ。」
 岩砂は少し驚いたように言った。確かに回線がプロバイダエッジルーターまで疎通できていないのにそこだけ確認しても、というのはある。しかし客宅ルーター側のデュプレックスミスマッチチェックは、客宅ルーターと客宅の回線終端装置との間のイーサーネット接続で確認することなので、この確認作業にプロバイダエッジルーターまでの疎通は不要といえば不要だ。現場作業員のPCにリモートでアクセスできているのだから、先にやってしまうのは理にかなっている。
 「はい、プロバイダエッジルーターまでpingが届かないけど先にやった、みたいなこと言ってました。」
 そう岩砂に答えるときも岸谷は都を見なかった。岩砂に答えているのだから当たり前だし、三人で会話しているにしてもまだ親しくもないのだから親しい方を見るだろう。それは都が岸谷に聞くべきことを岩砂に聞いたのと同じだ。それでも都はこの子は自分を信用していないな、と穿った感じ方をしてしまう。
 「で、客宅側もそうやってルーターと終端装置とのデュプレックスミスマッチチェックって必要じゃない。それと同じで局舎側もさ、回線を終端しているキャリアの装置が局舎内にあって、その装置とさっき岸谷さんが調べてきてくれたプロバイダエッジスイッチとをLANケーブルで接続してるのね。」
 岩砂がここまで話すと言いたいことがわかったらしく、岸谷は大きな目をさらに大きく開いた。岩砂と岸谷は立って話しているが、都は座ったまま二人を見上げている。岸谷はまつ毛が長かった。マスカラは塗っているようだがエクステはしてない。都はまつ毛も目立たず一重な自分の目が気に入ってはいたが、こうやってまつ毛の長くぱっちりした二重の大きな瞳を直に目にすると、いいなあと思ってしまう。
 「で、そのキャリア側の装置と接続しているインターフェイスを今間宮さんが調べてくれていたんだけど、固定設定になっているから、それをオートに変えてみてどうなるか見てみようか、というのが間宮さんの提案ね。」
 岸谷が話の途中で要点を掴めたようなので、岩砂はあとは軽く流した。
 「ありがとうございます。オフショアセンターに言って見ます!」
 岸谷はとても素敵な笑顔で都に礼を言った。岸谷と目が合うとその透き通るような大きな瞳につい目を逸らしそうになる。都は岸谷に対して抱いてた僻んだような穿った思いがすうっと消えてしまうように感じだ。
 「いいえ。POPのスイッチのポートが上がっていないから、ネゴシエーションを固定からオートに変えてみて、って言えばいいかも。もし、固定設定でキャリアと合意済みだと言われたら、試しに一回やってくれ、ってだめ押しするといいかも。」
 都は付け足した。岸谷の笑顔に嬉しくなってしまって、もうちょっと手助け出来ればと思った。
 「はい、言ってみます。ありがとうございます!」
 そう笑顔でもう一度礼を言うと、岸谷は小走りに自席へ戻って行った。
 「なんかこれで上がりそうな気がしますね。」
 岩砂が言った。楽天的に言い切って、そちらへ流れを引き寄せようと言う彼のいつものやり方だった。
 「だと良いんですけどねー。そうなることを祈りましょう。」
 都もいつものように楽天的に構えると良いことがないと言う思いと、岩砂のそう言う心構えを否定したくない思いとに挟まれて、微妙な表現で笑顔を作って言うしかなかった。