05-04

2022-02-06

 「えーと、インターフェイスは開けてあるみたいですね。でも落ちてます、と。」
 まさかそもそも物理的に接続されていない、ということもあるのかもしれないが、今はレイヤ2の問題を吟味しているのだからそれは最後に疑えば良い。まずは速度と通信方式の設定を確認したかった。不慣れなプロバイダエッジスイッチの出力だと、どうなっているか今ひつとはっきり分からない。インターフェイスの速度は100メガビット毎秒、通信方式は全二重になっているように見える。落ちている状態でこう表示されているのだから、固定で設定されていそうだが確信は持てない。
 「それ100、フルで設定されません?」
 引き続き専用端末を後ろから覗いている岩砂が都に聞いた。
 「だと思いますけど、一応コンフィグそのものを見ましょう。」
 都はそう言って、コンフィグ全体を表示するコマンドの後ろに、当該の物理インターフェイスの部分のみに絞る条件を足してからリターンキーを叩いた。この機器はプログラムのソースコードようなコンフィグの出力になるので、ぱっと見面食らってしまう。しかし順を追ってしっかり見れば逆に意味がわかりやすい。岩砂と都が想定した通り、この物理インターフェイスは速度が100メガビット毎秒、通信方式は全二重の固定設定になっていた。
 「これかもですね。」
 都は言った。
 「でもこっちが固定で、キャリア側がオートだったら、プロトコル自体は上がって、キャリアのスイッチのインターフェイスが半二重で上がってくるだけじゃないですか?」
 岩砂が聞いて来た。
 「理論的にはそうなんですけど、現地キャリア設備とのうちの機器との相性が悪くて、固定設定とオート設定とで接続した時上がらないってあるじゃないですか。」
 都は岩砂を振り返りながら答えた。イーサーネット接続時に交わされる通信方式と速度の情報交換はアメリカの電子工学・電気工学の学会で標準化された通りの動きをすることが期待される。だが異なるメーカーの機器同士の接続ではその相性によって、あるいはどちらかがきちんと標準規格に則っていない所為かで、その通りの動きをしない事がある。そのような場合は設定をあれこれ変えて試してみるしかないが、プロバイダエッジスイッチにログインは出来るものの、設定を変更出来るモードまで入れる権限が都たち東京の人間にはなかった。
 「えー、そーでしたっけ?」
 岩砂は若干疑いを持っておどろいていた。局舎側で起こることは稀なので、今までたまたまこういう事象に当たらなかったようだ。都は運悪く、これが3度目くらいだ。
 「ありますよー。ものすごく稀にですけど。」
 都は岩砂がふざけた調子で驚くのにちょっと笑ってしまいながら言った。
 「あー。でも客宅ルーター側だと終端装置との接続でそういう機器同士の相性問題たまにありますねえ。…ということは局舎側で起こってもおかしくないかー。」
 岩砂が思い出したように言った。客宅ルーターと回線終端装置の接続では、機器間の相性によって自動にしないと上がらないとか、特定の固定設定でないと上がらない、などが国によっては時折起こる。回線の片端は客宅で、片端はプロバイダの局舎だ。なので客宅側で起きる問題は局舎側でも起こりうる。
 回線キャリアは多くの場合客宅には終端装置を設置し、そこを責任区分分界点とする。客宅ルーターと終端装置間を接続するケーブルは基本プロバイダ側の手配だ。同じように、局舎側は終端装置が事前設置のキャリアのスイッチや多重化装置だったりすることもあるが、多くの場合その終端装置までがキャリアの責任区分範囲になる。回線毎にプロバイダエッジのスイッチへ物理接続する場合、その接続ケーブルは大抵プロバイダ側の手配だ。プロバイダ側としてはケーブル接続に問題がなく、プロバイダエッジスイッチの設定や機器の状態にも問題がなければ、プロバイダの責任区分範囲はクリーンだと主張せざるを得ない。ただ同じ事は回線キャリア側の視点からも言える。
 「オフショアセンターが被疑箇所はキャリア側の責任区分にある、と言っているならキャリア側の装置の設定を知りたいですねー。キャリアに局舎側を何でハンドオフするかって指定したオーダーって見えないんでしたっけ?」
 都は聞いた。もしオフショアセンターから回線キャリアへ速度と通信方式を100メガビット毎秒、全二重の固定設定でオーダーが出ていれば、オフショアセンターの主張は正しいことになる。
 「あー。それは見えないかもですねえ…。」
 岩砂は無理そうだと呟くように答えた。オフショアセンターの回線管理システムからそれを引っ張り出すのは難しいようだ。オフショアセンターに聞けばわかるかもしれないが、東京から覗けるところにないのだから、開示してくれないかもしれない。開示してくれたとしてもすぐには出てこないだろう。
 「ですよねー。」
 都は苦笑いしながら、思った通りだという意味で同意を示した。
 普段も回線手配の進捗に関するアップデートを取るのにPMは苦労しているのだ。こんなトラブル時にキャリアへ出したオーダーで回線渡しをどう指定したのかなんて聞いても出てくるわけがない。オフショアセンターは回線を手配し、客宅ルーターからMPLS網への到達性が確立されたネットワークとして構築・提供する。それが彼らの請け負った仕事だ。回線についてはエラーフリーのものが納品できれば良いはずだ。トラブルだからと彼らの内部のプロセスをいちいち開示すれば、発注元から余計な詮索や指摘などを受けることになる。不要な稼働と労力が発生するだけで何の利益にもならない。それは理にかなった考え方だ。
 しかし言い方を変えれば必要以上の情報をは混乱を招くだけで真の論点を見失う恐れもある。内部プロセスを開示するようなことを東京から聞いたとしたら、黙って回線が上るのを待ってろ、こっちは鋭意取り組み中だという意味で、「今キャリアを急かしている」と一文だけが返ってくるだろう。