05-03

2022-02-06

 都は笑いが残ったまま専用端末へ向き直り、岸谷からもらった付箋に書かれたプロバイダエッジスイッチへログインした。念のためターミナルウィンドウのログ取得を開始する。ログのファイル名を何にしようと一瞬悩んだ時、岸谷の下の名前が菜奈だったのを思い出して、77としようかと思ったが、そこまで親しくないのに気軽に下の名前を数字化するなんて引かれそうだと憚られた。プロバイダスイッチのホスト名をログのファイル名にした。仲良くなりたくてそんなこと思いついたのかもと都はちょっと自分が恥ずかしかった。
 POPによって、または回線キャリアによって、さらにはPOPが設置されている国の回線敷設の事情によって変わるのだが、プロバイダエッジのスイッチに直接キャリアの回線を終端しない場合もある。回線キャリアのスイッチや多重化装置をサービスプロバイダのPOPに事前に設置し、プロバイダのスイッチとキャリアのスイッチ間は事前にトランク接続しておき、個々の回線についてはPOP内の回線キャリアのスイッチで終端、論理パスでプロバイダエッジのスイッチと接続を取る場合がある。この場合だとプロバイダエッジのスイッチの物理インターフェイスの状態でわかることはほぼない。新しい回線はプロバイダエッジのスイッチには物理的には接続されないためだ。岸谷が付箋に書いて来たPOPはほぼキャリアが直接プロバイダエッジのスイッチまで引き込むPOPだった。
 プロバイダエッジスイッチで採用されている機器のメーカーと、客宅ルーターで採用されている機器のメーカーは異なる。当然のことながらハードウェアを動かすソフトウェアも全く別物だ。なので、客宅ルーターの機器メーカーであればほぼ手ぐせだけで出てくる各情報を表示させるコマンドも、普段あまりいじらないプロバイダエッジスイッチではちょっと考えたり、CLIの入力ヘルプ機能に頼りきりでコマンドを探したりしないといけない。都はちょっともたつきながら、プロバイダエッジスイッチのインターフェイスに設定されている説明文を一覧で出すコマンドを入力する。そのコマンドの後ろにマッチ条件に引っ掛かった行のみ表示される文を付け足し、岸谷からもらった付箋に書いてある回線IDを引数として入力してからリターンキーを叩いた。その回線IDに紐づけられた論理インターフェイスと物理インターフェイスが表示された。ここで論理インターフェイスしか表示されないと、プロバイダエッジのスイッチとトランク接続されたキャリアのスイッチに回線は終端されていることを意味するので、これ以上のトラブルシューティングは難しかった。しかし物理インターフェイスが表示されたということは、キャリアの回線はプロバイダエッジスイッチへの直接接続で終端されていることになる。そしてこのインターフェイスの説明文を表示するコマンドでも、インターフェイスが上がっているか落ちているかは見えた。引っ掛かった物理インターフェイスは落ちていた。
 「落ちてるねえ。局舎側の接続についてはオフショアセンター何か言ってる?」
 後ろから覗いていた岩砂が岸谷に聞いた。
 「あー…。いえ、特には言ってなかったと思います。あたしに説明する時はキャリアのデマケで問題があるはずなのに、キャリアがなかなかそれを認めない、みたいなことしか言ってきてないです。」
 岸谷は海外オフショアセンターとの電話やメールでのやり取りを頭の中で辿ってみたようだが思い当たる節はなかったらしい。都はその回線IDが説明文として書かれている物理インターフェイスの詳細な状態を確認するコマンドを叩いた。普段よく見る客宅ルーターのインターフェイスの詳細状態の出力とは似て非なるものなので、指で一行一行指しながら確認する。
 オープンネットワーキングやSDNが本当の意味でベンダーフリーに実装、普及していけばこう言ったメーカーの異なるハードウェアに対しても一つのコマンドで欲しい情報が同じ体裁の出力で手に入るようになるのだろうか。でも、どのベンダー、メーカーもこの新しい時代の覇権を取りたくて、何処かでベンダースペシフィックになるような開発をしているように聞こえてくる。結局採用したベンダーやメーカー毎にまた新しいコマンド体系などを覚えないといけなさそうで、オープンネットワーキングは名ばかりじゃないかと都は悲観的な印象を持っていた。