05-01

2022-02-06

 「今、岸谷さんがWAN開通をやってまして!ちょっとトラブっておりましてですね、お知恵拝借お願いできればと思いまして!」
 岩砂は勢いのある言い方で若干ふざけているようにも聞こえるが、WAN開通でトラブっているのだから事態は良くない。WANが開通できなければその後の工程には全く進めないのだ。事態は良くないがそれを新人が深刻に受け取り過ぎないよう気を回しているのだろうか。また、派遣社員である都にアサインされている業務以外の仕事を頼むことにもなる。それについてあまり都が真剣に取り過ぎないよう気を遣っている面もあるのかもしれない。
 「どんな状況ですか?」
 一瞬都は岸谷に聞くべきか岩砂に聞くべきか迷ったが、岩砂に聞いた。岸谷の現在のスキルがどれほどなのかよく分からなかったのと、岩砂の方が話しやすかったのとがあるが、主に後者だった。
 「どんな状況か間宮さんに説明できる?」
 岩砂は岸谷に振った。きちんと自分が直面しているトラブル状況を他人に説明できるようになれという教育の意味もあるのだろうが、説明できる程度のスキルは既に備わっているということだ。だとすると都は岩砂に聞いたのはまずかったかなと思った。岸谷を新人だからと見くびってしまったことになる。
 「はい、今WAN開通工事をしてるんですけど、オフショアセンターが言うには、客宅ルーターのWANインターフェイスはアップになってるんですけど、プロバイダエッジルーターまでpingが通らないんです。オフショアセンターはキャリアにキャリア区間で問題があるって言ってくれてはいるんですけど、キャリアは問題がないとしか返してこないらしくて…八方塞がりな感じです。」
 岸谷は時折考えるように目を泳がせながら状況を説明した。自信なさげということはなく、ちょっとよく分からないところもあるがとにかく現状を何とか伝えようと頑張っている。ですけど、が何回も続いてしまうことに本人も少し可笑しいと思ったのか途中途中で笑ってしまいそうになりつつも淀みなく喋りきった。彼女の声は芯のある声質なのだ。だからちょっとボリュームを上げると声が大きくて通るように聞こえる。本人は大声出している気は全くないだろう。トラブルにぶち当たり、分からないことが多いとしても、それに取り組むんだ、それが自分の仕事なのだ、そういう意思が見て取れるような気がした。すごいな、と都は思った。自分だったら声も小さくなってしまうだろうし、淀みなく喋ることなんかできない。
 「ちょっと日本語が変だったけど、まあ、伝わったかな。」
 岩砂は微笑みながら言った。
 「え、そうですか?あたし自分で何言っているかちょっとわかんなくなっちゃいましたけど。」
 岸谷は笑いながらそう言った。
 「客宅ルーターのWANインターフェイスが上がっているのは、FEが確認出来てるってこと?」
 都は今度は岸谷に聞いた。おそらくはそういうことだとは思うが、何かを間違って理解している可能性もあると思ったので念のため聞いた。FEとはフィールドエンジニアの頭字語で、現場作業員のことをこう呼ぶことが多い。
 「はい、オフショアセンターの担当者がFEのラップトップをテイクオーバーして確認したと言ってます。」
 岸谷が答えた。作業員のノートPCには事前にリモートアクセス用のソフトウェアを入れておき、インターネットに接続できるモバイルルータも作業員に携行させる。作業員は客宅ルーターをラックに設置したら、WAN回線と接続し、ルーターの電源を投入する。そして携行しているノートPCをコンソールケーブルで客宅ルーターと接続する。携行したモバイルルーターでインターネットに接続できる環境であれば、あとはオフショアセンターが作業員のPCにリモートアクセスし、その後の作業を引き取ることが出来る。岸谷の工事もこのやり方で進んでいたということだ。
 「プロバイダエッジ側の収容ってどこだかわかる?」
 都は再度岸谷に聞いた。
 「収容…。POPの名前でいいですか?」
 岸谷は最初戸惑ったが都が聞きたいことを理解はしたようだ。
 「うん。POP名。あとその回線が収容されているプロバイダエッジルーターのホスト名とかわかれば。わからなかったら回線IDとその回線のWAN側にアサインしてあるIPをもらえる?」
 プロバイダエッジルーターのホスト名を意識して工事しなくてはいけないようなところまで岸谷がやっているかどうかわからなかったので、それ以外の確実に持っているはずの回線IDやWANのIPアドレスといった情報の提供を都は依頼してみた。
 「あ、はい、今ぱって言えないんでちょっとメモってきます。」
 岸谷はそう言うと踵を返して自席へ小走りに向かった。
 「局舎側のスイッチのネゴですかね?」
 岩砂は都に聞いた。大体の検討は岩砂にはついているようだ。
 「ですね、聞いた状況通りならそこじゃないかなーと思って。」
 都は体を捻って岸谷の背中を見送りながら、椅子の背もたれに捕まって肩で寄りかかった。
 「なんかすいません。待機中に他のヘルプもお願いしてしまって。」
 岩砂は軽く頭を下げながら言った。
 「いえいえ、とんでもないです。それにあたしがあれこれ見たところで結局なーんにもわからずでなーんの役にも立たないかもですし。」
 実際回線キャリアが自分たちの責任区分範囲は大丈夫と言い張り続け、プロバイダエッジルーターやプロバイダエッジスイッチ、客宅ルーターとプロバイダ側の責任区分範囲でいくらトラブルシューティングをしても何も解決しないということはある。回線キャリアへエスカレーションを掛けてやっと回線キャリアが真面目にトラブルシューティングを始め、結局回線キャリアの責任区分範囲に被疑箇所があった、と言うことも少なくない。なので、都があれこれ調べて見たところで何も解決しない可能性は大いにあった。
 岸谷から初めて受けた頼みごとなので、できれば都が何か解決の糸口を発見したいとも思っていた。一回り前後も年下の新卒社員に派遣社員が信頼されるには何か役に立つことを教えてあげられるか、こう言ったトラブルの解決の糸口を見つけてあげられるかしかない。そうすれば少し仲良くなれるかもしれない。都は人付き合いが苦手なので、普通に何か雑談やおしゃべりすることから仲良くなる、というのは難しかった。これから一緒に案件をやっていかなければならないのだから、出来れば仲良くしておきたいなと言うのが正直な思いだった。