04-09
時折専用端末のディスプレイを覗き、特に何のログも出力されていない客宅ルーターのターミナルウィンドウをクリックし、インターフェイスの状態を確認するコマンドを叩く。トラフィック量は変わらずLANへの下りが7メガビット秒出ているので快調に使われているように見える。そんなにしょっちゅう見てたって意味はないのだが、何となく気を紛らわすために見てしまう。しょっちゅう気にしていないと何か問題が起こるような気がしてしまう。
時間外の工事の時は、お客テストの待機中にもう大丈夫だろうと思い他の業務に手をつけてそれに集中してしまったり、たまたま同じ時間帯に工事をしている同僚と同じようなタイミングでお客テストの待機に入り、雑談に花を咲かせてしまったりすると、お客のテストでトラブルが起こったりする。必ずそうなることが証明できるような統計は取ったことがないし、ただの気のせいでしかないのかもしれない。実際、業務時間中の工事であれば、お客テストの待機中に他の業務をしなければいけないことや、別工事と工事時間がオーバーラップして最初の工事のお客テスト中に次のお客のLAN切り替え工事ということもある。二番目の工事でトラブってしまうと最初の工事についての意識はおろそかになる。二番目の工事のトラブルシューティンング中に最初の工事のお客テストが無事終わったことを知らせてもらっても、それを意識的に把握できない。次の工事のトラブルシューティングがひと段落した後、ようやく最初の工事に意識が戻り、そう言うばお客テストどうなったんだっけとPMに聞きに行ったりする。だからずっと意識してないとお客テストが上手くいかないなんて言うのはただの気にし過ぎなのだ。そう言う心配性なところは自分の欠点だと都は思っていたが、どうにかなるものでもないので仕方がないし、むしろこの心配性のおかげで最後の最後のチェックでミスを発見できたりする。しかしそれでも見落としがあるので生来の間抜けさは心配性でフォローできるものでもないのだとしょんぼりしてしまうことがある。
気を紛らわそうと机の上においてある私物のスマートフォンをとった。手持ち無沙汰になるとスマートフォンを覗く癖は悪い癖だと思うので直したいのだがなかなか直らない。海外のIT関連のニュースサイトや技術紹介サイトを勉強のために読むなら良いのだが、どうでも良い話題が選り取り見取り載っているサイトをのんべんだらりとブラウジングしているだけで時間を潰してしまうことが多い。子供の頃は何か読もう、調べようと思ったら本屋なり図書館なりへ行ってまず興味がある本を探し出し、さらにそれを買うなり借りるなりしてじっくり読まなければいけなかった。今はそういった労力なしに次から次へと異なるトピックの話題の記事が数タップで手に入る。ちょっとした調べ物も検索サイトですぐ回答を探し当てることが出来る。便利で利用すべき機能ではあると思うけれど、これだけなんでも即席に安易に情報を入手できることに慣れると、何でも自分の思い通りになっていると言う錯覚が生まれそうで怖い。ちょっと時間のかかることにぶつかった時、必要以上にイライラするようになるかもしれない。インターネットに罵詈雑言が多いのは即席で安易な解決に慣れ過ぎてしまった人が、思い通りにいかないと、それは大きな目標になかなかたどり着けないといったような時間と労力がかかるのがわかりきったことではなく、本当にちょっとしたことで思い通りにいかないと、必要以上に苛つくからなのかもしれない。そしてそれは都自身にも当てはまる。シフト勤務の時にぶち当たる駅の雑多な人の動きに苛々するのは、こう言う安易さに慣れてしまっているからじゃないのだろうか。
スマートフォンのウェブブラウザを起動しニュースサイトを開く。トップページに興味を引くようなタイトルは何もなかった。興味を引くものが何もなかったのは良いきっかっけだと、スマートフォンのロックをかけて机におこうとしたところで、岩砂と岸谷が何か話しながら都の後ろから近づいてくるのがわかった。まだあまり親しくもなっていない岸谷が近づいてくるのは少し緊張した。一回り前後も歳が下で若さいっぱい。きちんと就職活動を成功させ一流企業に新卒で入った女子。そういう僻みもあるのかもしれない。それは良くないなと都は少し自分に嫌気がさした。
「間宮先生!ちょっとご相談があります!」
声をかけてきたのは岩砂だった。若干ふざけ気味に勢いのある言い方をしているが、だいたい岩砂が何か急ぎの相談を持ってくる時はこんな感じだった。つまり何かトラブルだ。
「先生ではないですけど、何でしょう!」
都は岩砂の調子に合わせて少し勢いつけて振り返り、先生と呼ばれるのを一応きちんと否定しながら返事をした。岩砂のすぐ斜め後ろに岸谷が立っていた。大きな瞳は透き通るようだったが、少し不安げにも見えた。岩砂と都とのやりとりに笑いもしなかった。