04-07
客宅ルーターのルート情報で、LANのダイナミックルーティングからもらっているルートのみに絞るコマンドを叩く。きちんと複数のルートをもらっており、その中にWAN側へ広告するルートもあった。WAN側へのルート広告を確認するコマンドを叩くと、きちんと広告すべきルートが吐き出されている。WAN側から受信しているルートを確認するコマンドも叩き、300程度のルートを受信しているのを確認できた。
日本拠点のルーターのターミナルウィンドウをクリックし、打ちっ放しにしているpingをチェックすると、打ち直してからは一度も不達になっていない。pingを止めて経路情報取得コマンドを叩くと、新規客宅ルータを通って目的ホストに到達している。冗長の切り戻りはpingレベルでは不達が起きず経路が戻る事が多い。
「はい。問題なさそうですねー。」
都は少し安堵したため息を吐きながら言った。
「あざーす!」
岩砂も順調に切り替えられたことに一安心したようだ。
「じゃあ、全拠点疎通試験やっちゃいますね。」
「お願いします。お客に切り替えは上手く行ったので、こっちのテストしますと言っときます。」
そう言いながら岩砂は都の隣の席から立ち、自席へ戻りながら電話をかけ始めた。全拠点疎通試験とは、工事対象の客宅ルータのLANインターフェイスを送信元とし、閉域網に接続している全客宅ルーターのLANインターフェイスへの疎通試験と経路情報取得を実施するものだ。理屈の上では、客宅ルーターがプロバイダエッジルーターとルート交換が成り立っていれば、全拠点疎通は成立することになるので確認は不要だと言えない事もない。実際、通常の案件ではやらない事が多い。しかし極々稀に、ルートはもらえているがプロバイダエッジルーターのMPLSに関する設定の不備や、網インフラでのトラブルが原因で疎通出来ない拠点が出てくる、と言う事象が起こる。これをあぶり出すために全拠点疎通試験は必要だと言えた。東京で専任SEがアサインされる案件でも、あまりにも拠点の多いお客ネットワークの場合、代表的な拠点にのみ実施する事で済ませる場合もある。このお客のネットワークは拠点数としては30ちょっとなので全拠点に実施している。
他拠点への出口がWAN側、つまり都たちが構築する閉域網、を通してしか他拠点と通信しないようなネットワークの場合は、網内のルーティングに不具合がないことを確認するための疎通試験だ。異拠点冗長などでLAN側にお客構築のバックドアとなるルートがあって、拠点によってはバックドアから回るような設計をしているのであれば、疎通しているだけではなくきちんと設計通りの経路で通っているかも確認する必要がある。
今回の拠点の場合、異拠点冗長を組んでいる拠点のLANへは、この拠点のLANにあるお客のバックドアから出ていかなければいけない。バックドアが断になった場合は、閉域網側から到達出来るような設計だ。先の現地お客のLANケーブル差し替えの時に見て取れたように、WAN側に断があれば、バックドアを通り異拠点冗長の拠点へ到達し、そこから閉域網へ抜けられる。なのでWAN側もLAN側も正常の場合、意図通りの経路で通っていることを確認する必要がある。
都は事前に作っておいた全拠点疎通試験と全拠点経路情報取得のマクロをターミナルウィンドウに流し込んだ。あとはマクロが勝手にコマンドを打ち込んでくれるので、都はターミナルウィンドウで結果を見ているだけで良かった。疎通試験はロスなく到達出来ていれば良いのでじっくり眺めている必要もない。ちらちらと結果を確認しながら通常端末のスクリーンロックを解除してメールをチェックする。さっきから岩砂の話す声が聞こえてこなかったので、現地お客が電話で捕まらなかったのだろう。切り替えは上手く行ったことを確認出来たので、これからプロバイダ側の試験をする、30分程かかる、と岩砂から現地お客にメールが送られていた。工事開始時は捕まった現地お客が、その後捕まりにくくなるのも良くあることだった。こういう時は都たちの工事や試験が順調に進んでもなかなか体制解除にならず待機時間が長くなることがある。
全拠点疎通試験は問題なかった。経路情報取得についても意図的にバックドアを抜けるようにした拠点へのみLAN側を通って到達していることが確認できた。ルーティング情報や機器情報など客宅ルーターのログ収集も一通りやってしまって、都は席を立ち上がり岩砂の席まで歩いて行った。このオフィスは柱が多いので全体を見渡せないのだが、オフィスの中はほとんど人がいないようだ。3つ程斜めに離れた島に岩砂の席はあり、都は背後から近くづく形になってしまう。見るとなしに岩砂の通常端末のディスプレイが目に入ってしまった。都が見たこともないシステムの画面がブラウザに表示されていた。おそらく社員だけが使うシステムだろう。社員は色々なシステムでの申請や、人事のための自己評価や目標設定の投入など雑務が多いのはなんとなく聞き知っていた。岩砂はこの工事のためだけに残業なので、待機中は雑務を片付けておこうと思っていたのだろう。こういうのが派遣の自分にはなくて良かったと都は思ってしまう。そう思ってしまうところが駄目なのだと、自分を詰るべきだという気もした。