04-04

2022-02-06

04-04

 PMから現地お客の担当者にメールが飛んだ。時間通り始めていいかどうかを確認するメールだ。案件によって多少異なるが、本来PMは日本のお客に連絡を取り、日本のお客が現地お客に連絡を取る。それが通常のコミュニケーションフローだ。しかし案件によってはPMが直接現地お客と連絡を取るよう要求されることもある。これは本来のコミュニケーションフローから逸脱し、お客の責任区分を無償でサポートすることにもなりかねない。しかし現地のお客担当者と直接連絡を取れば間に誰も挟まらないので、その分状況や要望が掴みやすい。これは捨てがたい利点だった。
 現地お客担当者からタイムリーに回答をもらえるかと言えばそれは微妙だ。プロバイダ側のPMが連絡を取ろうとしても、日本のお客が連絡を取ろうとしても、メールの返信も来なければ電話にも出ず、長いこと現地お客からのアップデートが取れないということは往往にしてある。単純に現地お客が忙しいというのもある。日本企業の海外支店の社員というのは多忙を極めるというのはよく聞く話だ。もちろん、問い合わせにタイムリーに回答することの価値について文化の違いもある。
 海外現地のお客、特にヨーロッパやアメリカについては、ただメールを出しっ放しでは返信が全く得られないことも多いので、電話での追撃が必須になる。PMがメールを出してから現地のお客さんに電話をかけているのは、離れた席から聞こえてくる声でわかった。電話にも出てくれないことがあるので、電話に出たということは今日の工事は一応前に進みそうだという事を意味している。現地のお客が電話にも出ず、メールにも返信せず、時間通りに工事が進められないことも良くあることだ。今日はヨーロッパの拠点なので少し心配だったが、PMの電話を取ってくれて一安心だ。
 「間宮さん、時間通り初めて良いと現地お客さんからもらいました。」
 現地お客との電話を終えたPM、岩砂という社員が都の席までやってきて状況を報告してくれた。都はディスプレイの下に立てて置いてある腕時計を見た。あと10分を切っていた。
 「了解です。じゃあ、時間になったら旧ルーターのLANをシャットして、新しいルーターのLANをノーシャットしますね。」
 都は振り返って答えた。実際に叩くコマンドから、インターフェイスを閉塞することをシャット、解放することをノーシャットと言う事が多い。
 「はい、お願いします。時間になったら僕もこっちきますね。」
 PMによっては、工事の作業自体はSEに任せっきりで、SEの専用端末のターミナルソフトを一度も覗かないまま工事を終える人もいる。SEを信頼し切っている、という人もいるし、SE的なことが苦手だからという人もいる。SE経験があったり、SEも出来るPMだったりすると、切り替え実施時や冗長試験時、あるいは設定変更時など、作業SEの隣で専用端末を覗き、対象ルーターのホスト名や対象のインターフェイスなどがあっているか一緒に確認する。SEを信頼していないわけではなく、本来工事というものは2名の確認を通しながらやるのが正しい。都は基本SEに任せきりのPMの場合でも、インターフェイスを閉塞する時など、万が一間違えてしまうとルーターが孤立してしまうような作業をする時は、PMを自席に呼んで一緒に作業対象を確認してもらうようにしていた。大丈夫だろう、ではなく、間違えるかもしれない、でやらないと、とんどもない凡ミスを踏む時がある。
 「じゃあ、時間なんで、お客さんに電話してGOもらいますね。」
 岩砂が声をかけてきた。PCの時刻表示を見るとちょうど19時だ。
 「はい、お願いします。」
 都はそう返事をすると専用端末のディスプレイに向かい、既存客宅ルーターと新規客宅ルーターのターミナルウィンドウが並列に並ぶように調整して、LAN切り替え中だとわかるファイル名でターミナルウィンドウ毎にログ取得を開始した。もう一つ新しいターミナルウィンドウを開いて、このお客の日本拠点にある客宅ルーターにログインし、日本のルーターからだとわかるファイル名でターミナルウィンドウのログ取得も開始する。日本拠点の客宅ルーターでも何か起こった際にログが表示されるような設定にし、一旦時刻を表示させた。都は事前に今回の工事対象拠点のLAN内で到達可能なホストのIPアドレスを調べておいた。日本拠点の客宅ルーターからそのIPアドレスへ経路情報取得コマンドを打って経路を確認する。現在は既存客宅ルーターのWANを通って到達しているのが確認出来たので、次に繰り返し回数1万回でpingを打ち始める。今回の工事対象拠点は別のヨーロッパ拠点と異拠点冗長になっている。もし対象拠点の客宅ルーターで断が起きても、別の拠点から回り込んで現地お客のLANは他拠点との通信が可能だ。冗長試験は最初に構築した時に実施済みだろうが、その時は都はこのお客案件にアサインされていなかった。このLAN切り替えは絶好の機会なので、きちんと冗長が機能しているのか試しておきたかった。