03-04

2024-01-27

 オーダーは来週早々に出る予定だという。オーダーが出て、海外のオフショアセンターが受け取り、海外現地のローカルキャリアへ回線申し込みが出たあたりで一度下山と岸谷とで営業を交えてお客訪問をする予定だという。もしその時までにヒアリングシートが出来ていればその説明もついでにしてくる予定だという。
 「まあ、あとは既存のコンフィグ来てから、って感じだとは思うんですが、何か他に間宮さんからあります?気になるところとか。」
 そう下山が聞いてきた。だいたい逐一言葉を挟んだつもりだったので、都は今のところはない、と言おうとしたところで一つ気が付いた。
 「これ、今は海外拠点ってお客さん自身でインターネットVPN張って繋いでるんですよね。それそのままバックアップとして使ったりするんでしょうか。」
 せっかくある既存のインフラを捨てる必要もないと思った。ましてインターネットなのだからそれほど高価でもないはずだ。余程緊縮財政ならば専用線に切り替えたら廃止するかもしれないが、そもそも緊縮財政であれば専用線など使わずインターネットのままの方がコスト的には良いはずだ。
 「あーそれはね。一応お客さん用意のインターネット回線でIPSecバックアップを提案はしてたんだけど、お客さん買わなかったんだっけ?」
 記憶が曖昧になったのか、下山が一人で喋る形になってしまっていることを懸念したのか、下山は岸谷に聞いた。
 「はい、なんかお客さんのベンダーが引き続きインターネットVPNを構築して、私たちが提供するネットワークのバックアップとして運用する予定だって、言ってました。」
 岸谷はちゃんと覚えていた。中身を理解して言っているようだが、都は本当にわかってるのかなという意地悪な疑念と、なんとなく頼もしさも覚えるという少し複雑な感情を抱いた。
 「だとすると、拠点毎のバックアップ側のルーターってそのお客さんのベンダーが提供するんですよね。そうなると、メインバックアップの切り替わり方法とかどうするのかな、と。ダイナミックルーティング使うのか、デフォルトゲートウェイの冗長で行くのか、とか。」
 メイン側とバックアップ側でベンダーやキャリアが違うと、メイン、バックアップの切り替わり方法などについて擦り合わせが少し面倒だ。それにお客としても、WAN側のマネージメントを細かく分けるのはあまり良いやり方だとも思えなかった。ワンストップに出来ないのは運用に入ってからお客のストレスは高そうに思える。あまりその辺りを考えなかったのだろうか。あるいはその既存ベンダーをある程度入れていかないといけない事情でもあるのかもしれない。
 「そうだねえ…。拠点側のメイン、バックアップの切り替え方法ね。決まってるなら先に教えてくれって聞いてみようか。」
 そう言いながら下山は岸谷の方を向いた。岸谷は、はい、と返事をしながらメモを取った。先にわかるようならそれをヒアリングシートに盛り込んで、細かい設定パラメータだけ埋めてもらうように作れば良い。
 「…とりあえずそんなところですかね。気になったのは。」
 都はもう一回白板に映し出された完成予想のネットワーク図を漠然と眺めてからそう言った。あとは既存のコンフィグをもらってそれを読み解いてからもう少しあれこれ出るだろうと思った。
 「岸谷さんから何かある?今の話でわからなかったところとか。」
 下山は岸谷に聞いた。
 「さっきWAN高速化装置のベンダーとお客さんのLANベンダー一緒かどうかって気にされてたじゃないですか。あれってどういう意味ですか?」
 岸谷はそれを聞こうと頭の中にとどめておいたのだろう、考え淀むことなくスラスラと言葉が出てきた。何の躊躇もなくその大きい瞳で都の目を見て聞いてきた。都は少し目をそらしてしまいそうになる。
 「それはね、もしLANを切り替えた後に、あたしたちの疎通試験には何の問題もないのに、お客さんテストで何か問題があった時、ちょっとめんどくなることがあるの。お客さんのLANベンダーとあたしたちとの間に他のベンダーが挟まっていようがいまいが、あたしたちはあたしたちのルーターのLANインターフェイスまでがデマケだから後は知りません、でも良いんだけど、お客さんにうち問題ないです、って言った時、お客さんのLANベンダーも問題ない、間に挟まれたベンダーも問題ない、となるとお客さん、LANベンダー、間に挟まったベンダーとが一緒になって、じゃあそれそっちのせいでしょ、みたいにぶん投げられることが往々にしてあります。」
 下山はそうそうと頷いて都の話に相槌を打っていた。こちら側の試験は問題ないのにお客試験で問題が出て、プロバイダ側に原因があるとされる。そんな事象は単純な拠点新設や移転でも起こることなので、そこは岸谷も思い当たる節は十分にあるようだ。半分同意しながら、そういういつもの問題とあまり変わりないのでは、という疑問が顔に出ていた。
 「で、突っぱねてても埒があかないから、じゃあ今度は問題はお客さんのLANベンダーなのか、その間に挟まっているベンダーなのか、っていう切り分けをなし崩し的にあたしたちがやんなきゃいけなくなることがあります。なぜなら向こうは全員でこっちのせいだって言い張るから。」
 本当はいくら年下でも口も聞いたこともない相手にタメ口で話すべきではない。まして派遣社員と正社員という立場的な違いもある。しかしあまり丁寧語ばかりで話してしまうとよそよそしくなるというか、冷たい印象になるのではと都は臆病になってしまう。冷たい印象はどこか攻撃的な印象を伴うだろう。それで関係が躓くのが怖い。年上だから年下に上から目線でしゃべっているというつもりはないのだが、そういう印象になるのもまた怖い。だから時々中途半端に丁寧語になる。
 下山のあるねー、という笑いながら示した同意とで岸谷は何となく自分の経験の延長で想像がついたらしく、何それめっちゃ面倒そうじゃないですか、と言って釣られて笑っていた。岸谷が笑ってくれたのは都には何となく嬉しかった。
 「まあ、でも今心配しててもしょうがないんで、まずは既存のルーターのコンフィグ来るの待ちましょう。」
 都は話を締めるような言い方をした。下山はそうですね、と同意を示した。岸谷もはい、と言いながら頷いた。