03-02
「えーと、クロスジョイント株式会社さま案件についてですが、うちとしては新規のお客さんになるのだけれど、まあ資料をざっと見てもらえば分かるように、お客さん的にはネットワークのキャリア更改プロジェクト、と言った位置付けになります。」
都は事前に会社のウェブサイトを見ておいた。クロスジョイントという会社は工業用ロボットなどの可動部分の部品を製造している会社だ。会社概要の拠点一覧で海外拠点を見てみると、今回構築対象の海外拠点と国都市が一致していた。
「で、まあ午前中に営業とキックオフをしまして、今後の進め方などを話しました。進捗報告系の話は間宮さんには不要かと思うので、ちょっと設計関連のところについて、営業から共有のあったこととか、今の所お客さんと握っている進め方などをちょっとお話ししたいなと思っています。」
白板には都が共有してもらった資料にもある完成想定ネットワーク図が映し出されていた。下山が喋っているが、そのスライドを見つめながら要所要所で岸谷が頷いていた。その透き通るような大きな瞳には、わかったふりの相槌ではなく、きちんと主体的に参加するんだという意思が見て取れる。
「あ、で最初に、間宮さんが気にしてくれていたWAN高速化装置ですけど、うちの提供ではないそうです。」
今回の契約でWAN高速化装置の巻き取りをも営業は目論んでいたのだが、将来的にWAN側の利用効率化、つまりWANをSD-WAN化する展望が顧客側にあり、更改するのであれば高速化とSD-WANにオールインワンで対応できる機器でと言われ断念した。営業が提案できる商材として採用されているWAN高速化装置のメーカーはSD-WANに対応出来る機器も販売しているが、それは商材としてラインナップには入っていないし今後の導入の検討もされていない。SD-WAN商材としては別のメーカーの機器を採用することになっていたがまだ販売開始に至っておらず、現時点でそれをお客に提案するのも難しかった。他ベンダーが既存のWAN高速化装置を提供していて、そのベンダーが引き続き提供することになったという。
WAN高速化とWANの利用効率化とはセットで考えるべき時代に入ってきているので、そもそもWAN高速化装置単品の商材というのも時代遅れなのかもしれない。実際あまり新規の引き合いはなかった。都は既存のWAN高速化装置導入ユーザーを複数担当している。稀にWAN高速化装置の案件があると、WAN高速化装置といえば間宮さん、みたいに問い合わせが来ることがあった。
設計についてはまず、お客のネットワークで未使用の23ビットマスクのアドレス空間を一つ、WAN側アドレス用のプールとしてお客からもらえるという。都たちはそのプールから任意にWAN側アドレスをアサイン出来る。LAN側のアドレスアサイン、ルーティングは基本既存踏襲とのことなので、営業がお客に既存ルーターのコンフィグを共有してくれるよう依頼中だ。それが手に入れば既存コンフィグから踏襲されるべきパラメータを拾い上げ、それらを記入した状態のヒアリングシートを起こせる。あとはそのヒアリングシートを用いて設計の確認をお客と進める。
既存のルーターやスイッチ、ファイヤーウォールなどのL3機器のコンフィグ情報を得てそこからお客の設計を割り出す方法は、キャリア更改などでネットワークを巻き取る際良く使われる手法だ。既存では本社にお客のVPNゲートウェイがあり、海外の各拠点に設置されたVPNルーターとIPSecトンネルを張っている。このインターネットVPNはお客のLANベンダーの構築、提供とのことだ。本社のVPNゲートウェイのコンフィグだけではなく各拠点のVPNルーターのコンフィグももらえるとのことだった。
「ちなみにそのお客さんのLANベンダーとWAN高速化装置のベンダーって同じベンダーですかね。」
都は聞いた。下山は都が何を心配したのかすぐわかって、あー、と声を出した。岸谷は意味がわからなかったようで、その大きい瞳を都に向けていた。
「それは聞いてないですねー。確認しましょう。」
下山はそう言いながら岸谷の方を見やった。
「ちょっと後で営業にまとめてこっちの質問返す時に、それも聞いてもらって良い?」
「あ、はい。」
下山にそう言われて、岸谷は何故それを聞かないといけないのかが理解できていないようだったが、返事をしてノートにメモを取り始めた。