03-01

2024-01-27

 机の並びの関係で部屋の奥まったところに丁度会議卓を置けるくらいのスペースがあり、このオフィスの会議卓の一つとして確保されていた。ここ以外の会議卓はパーティションで区切られた個別の会議スペースとして設けられている。しかしこの会議卓は白板が近所の机との仕切りを作ってはいるものの、それ以外は仕切りのないオープンな会議卓となっており使い勝手が良いと頻繁に使われていた。この会議卓であまりワイワイやられると近くの席の人間にはうるさいことこの上ない。
 都が会議卓についた時には、下山が立ったままノートのシンクライアント端末をディスプレイケーブルでプロジェクターに繋いでいた。都がお疲れさまです、と挨拶をするとシンクライアント端末を操作しながらお疲れさまですと返した。都が下山と向かいの席になる会議卓の椅子を引いて腰掛けようとしたところで、岸谷が少し小走りにやってきて下山の隣の席を確保するようにノートを置いた。
 「大丈夫?」
 「はい、大丈夫です。すみません。」
 下山は椅子に腰掛けながら岸谷を気遣うように言った。体調がどうこうと言う意味ではなく、何か別件で捕らわれていてこの打ち合わせに出られるのかと言う意味で言っていた。岸谷は恐縮しながら是を返していた。社員同士はお互いのスケジュールをよく知っているのか、それとも単に新入社員の教育を受け持ったのでその子の稼働をある程度把握しているのか。都には全く見えない話でも、社員同士の阿吽の呼吸だけで会話が通じていることはよくある。ミーティングの開始時間には必ず会議卓に座ってなければいけない、と言うような文化はこの職場にない。開始時間前後2、3分でわらわらと集まるような案配なので岸谷は特に遅れたと言う感じでもなかった。おそらく下山は岸谷の稼働を把握していて少し慌てた様子でやってきた彼女を気遣ったのだろう。
 こう言う社員同士しか理解し得ないようなやり取りがあると、都は目の前に急に一枚ガラス戸で仕切りができたような隔たりを感じる。複数の社員に対して都が一人だったりするととても居心地が悪い。所詮決められた仕事しか出来ないし、やっていない。会社のために心血を注いでいる人間の輪の中に入れるわけはないのだ。門前払いというか、拒絶されたような感じさえする。こう言った空気のやりとりが社員同士で続く中その場に居合わせなくてはならない時、都は正直どういう顔をして良いかわからない。愛想笑いも作る気にならず、何となく下を向いて黙ってじっとしているしかない。食物連鎖の弱者が捕食者の通過を待っているかのように。こちらに気がつかないでくれと祈りながら。
 「えー。じゃあそろそろ始めますかね。よろしいでしょうか。」
 プロジェクターが温まって、白板に視覚可能な濃度で下山の端末のディスプレイ画面が表示されたところで、下山が前口上のように言った。岸谷は即座にはい、と返したが、都はつい無言になってしまった。
 「間宮さんも良いっすかね?」
 返事がないことを責めるということではなく、気遣いで下山は聞いてきた。
 「はぁい、どーぞ。」
 都は少しふざけた感じをとっさに作って返した。どーぞ、と言う時にチアリーディングのポンポンを広げるような形で両手を開いて下山を応援するみたいになった。岸谷もとっさにそれに合わせて下山の隣で同じように両手を広げて下山を応援する。二人ともポンポンを振るように両手を振った。
 「えー。俺そんなに応援されちゃうの?」
 下山の冗談に都も岸谷も笑ってしまった。10前後も年上の女の苦し紛れの悪ふざけにしれっと合わせてくるのだから年の離れた人間とのやりとりに慣れているのかもしれない。コミュニケーション能力は間違いなく高いだろう。都は岸谷と馬が合ってくれるかもしれないとちょっと楽観的に思った。