01-04

2024-01-27

 「間宮さん、ちょっと今いいっすか。」
 声をかけて来たのはその下山だった。
 「どーしましたぁ?」
 都は首だけひねって下山に顔を向け、若干いい加減な風で答えた。
 「ちょっとですね、わたくしめに5分ほどお時間をいただけないでしょうか。」
 下山は半分ふざけながら聞いて来た。
 「いいんですよぉ、下山さんなら5分でも10分でも15分でも。」
 都ももっさりとした感じでふざけて返した。下山は笑いながらもありがとうございますとお礼を言ってから都の席の近くにある丸椅子を引っ張って来て都の席の近くに座った。相談の時間を割くだけで丁寧にお礼を言われるほど気を遣われる。派遣社員を社員のように使ってはいけないという意識が下山にもあるのだろう。
 「実はね、岸谷ってうちの新入社員がいるんだけど、」
 「あ、新しい案件のSEやってくれ、って話ですよね。さっき末谷課長から聞きましたよ。」
 下山が言い終わらないうちに、食い気味に都は口を挟んだ。
 「さーすが間宮さん、早いですねー。」
 下山は声を少しひっくり返しながら大げさに驚いて見せるので、都は笑ってしまった。
 「岸谷は既存ネットワークの簡単な拠点追加とか、拠点の移転とかでPMをもう数件やってるのね。で、今回全くの新規案件のメインPMとしていよいよ張って出てもらおうかと、まあ、弊社としては思っておりまして。」
 「はぁ。」
 ふざけて大仰に下山が言うので、都もふざけた感じで合いの手のような返事をした。
 「だから普通に案件は回せるとは思うんだけど、全くの新規のネットワークを一からヒアリングとか、一から設計とかは未だやったことないのね。あと今回の案件って異拠点冗長あるから設計的にも勉強になってちょうど良いだろうと言うことで、間宮大先生にですね、SEとして入っていただきたいと思っている次第でして。」
 「大先生ではないですけどね。」
 持ち上げてもらったことに都は苦笑いしながら否定した。
 下山によれば、PMとしてのサポートは自分がやる、完全にSE業務を都一人でやりきってしまうと言うよりは、ヒアリングのサポートから始めて出来ればネットワーク全体の設計や異拠点冗長の注意点などついて岸谷に教えてもらいたいとのことだった。単純な拠点追加や移転案件はやっているので、客宅のルーターとプロバイダーエッジのルーター間の疎通試験や、ルーター同士のルート交換などは分かっている。今度はネットワーク全体としての設計やルーティングを意識できるようになってもらいたいとも下山は言っていた。
 「了解です。オーダーってもう出てるんですかね?一応中身確認したいんですけど。」
 構築チームへはシステムを通してオーダーという形で案件が入ってくる。オーダーには必要な情報などが全て載っているので、オーダーをチェックすれば案件の内容はだいたい理解出来る。ざっくりとした内容しか聞けていないので、もう少し詳細を確認したかった。
 「オーダーはこれからだと思ったな。営業から資料っぽいのは来てるから、後で転送します。」
 多分ネットワーク図とかあるのだろう。会話や文字の説明よりもネットワーク図の方が意図が伝わりやすかったりする。都はその資料に目を通せばそれなりに案件の内容はつかめるだろうと思った。
 「間宮さん岸谷としゃべったことある?」
 下山は聞いて来た。
 「いーえ。顔と名前が一致しないくらい存じ上げないですよ。」
 都は笑顔で返した。
 「え、そうなの?それはいけませんな…。ちょっと待ってて。」
 そう言うと下山は丸椅子から立ち上がって、オフィス内の柱の向こうへ消えてしまった。都はとりあえず先ほど開いた空のスプレッドシートファイルのフォントを最近お気に入りのメイリオに変えてから名前をつけてデスクトップへ保存した。その後元となるコンフィグを取得するために運用中のルーターのコンフィグを収集しているシステムへログインし、今回構築する拠点に近い設計のものを選び出してそれをテキストファイルで開き、全体をコピーしてスプレッドシートへ貼り付けた。列幅を調整し、上から1行ずつチェックしながら不要な行を削除していたら下山が戻って来た。