01-03
都は昨日の帰り際、自分のスケジューラーに今日の朝一30分枠で空の予定をとって、その中身にやることリストをずらずらと書いておいた。それをチェックしてどれから片そうかと考えていると、都の直属のマネージャーが声をかけて来た。
「間宮さん、ごめんね、ちょっといい?何かやっているようなら後でもいいんだけど。」
マネージャーに声をかけられる時は大抵こういう気の遣い方をされる。もともと物腰の柔らかいマネージャーなのでこんな調子なのだが、社員に対してはもう少し命令っぽい言い方をする。都は派遣社員なので気を遣ってくれているのだろう。社員ではないのだから同じように扱ってはいけない。ありがたくもあるが、壁を感じる瞬間でもある。
「はい、大丈夫ですよ。」
都はキーボードから手を離し、椅子ごとマネージャーの方を向いた。
「今度新しい案件が来るんだけど、国内2拠点と海外3拠点…くらいだったかな?そんなに拠点数多くないんだけど、岸谷をPMにアサインするのね。で、ちょっと申し訳ないんだけど、SEとして間宮さんアサインするから、ちょっとサポートお願いできないかなと思ってます。」
岸谷、という子は今年新卒採用で入って来た社員の子だったはずだ。専任の社員のトレイナーがついてはいるが、実際の案件を担当する際はいろいろなやり方を学ぶという意味もあって、派遣社員でもPMをやっている人の下についていたりしていた。新入社員の教育を派遣社員がすることに都は少し違和感を覚えはしたが、社員には異動があるので実務経験として社員より長くなってしまう派遣社員もいるし、実務以外の仕事も社員にはある。こういう実務訓練のような役目は派遣社員の方が適切だとも言えた。
案件にはPMとSEという形で人がアサインされる。人によって、あるいは案件よっては役割の境界が曖昧だったり、一人でPMもSEもこなせてしまう人もいれば、専任のSEが不要の案件もあるので、SEとして名前はアサインされてはいるが、そのSEはほとんど何もしていない案件とかもあったりする。都はSE業務しかしておらず、都がアサインされる場合は必ずSEとして専任の業務が必要になる案件だ。なので都にPM業務の教育係は無理と言っていい。
「え?でも私PMはやれないですけど…。」
都は本当にマネージャが人のアサインを間違えているんじゃないかと思った。そうでなければPMもSEもどちらも出来る人をサブPMとして立てて、その人がSE的な部分もサポートすれば良い話のはずだ。
「いやいや、PM業務はサブPMで下山さんに立ってもらうから大丈夫。異拠点冗長があるらしいから、ヒアリングや設計とかでちょっとサポートしてもらえないかなと。」
下山という社員は都は別のプロジェクトでPMとして組んいるので良く知っている。彼ならば安心だろうとも思った。
「ちょっとサポート、って言っても、よーするにSE業務全部やってね、ってことじゃないんですか?」
都は笑って言った。要するに新人教育はやらなくて良いですよね、と言いたかった。
「いや、出来れば冗長に必要なヒアリングポイントとか、設計で気をつけなきゃいけないところとか要所要所で教えて欲しいんだよねー。」
確かに設計上の話でもどうしたってPMには理解してもらわないといけないところもある。下山と都で組んでいる案件でもテクニカルに込み入った話になると、都が一旦下山に説明してから下山がお客さんに説明するという段取りを取ることがある。
「わかりました。あとで下山さんと話します。」
岸谷という子は名前は知っているが話したこともなく、顔もわからなかった。マネージャーグループが異なるので、マネージャーグループ毎に実施されるミーティングでも顔をあわせることがない。今年2人か3人新卒でこのオフィスに入って来たと思ったが、多分声の大きい子だろう。元気一杯というか常にイケイケな調子の子だという印象を声から受けている。たまに電話会議で英語で喋ってるのが聞こえて来るが、びっくりするくらいネイティブイングリッシュだから海外で長く生活してた子なんだろうなと思っていた。
「じゃ、すまないけどよろしくお願いします。」
マネージャーは最後まで低姿勢だった。そういう気遣いをいつもしてくれる人ではあるが、新人教育を派遣社員にさせることに申し訳なさを本当に持っているようだった。
「いえ、承知しました。」
都も笑顔で頭を下げた。
下山には後で別案件用に都が作成したテストプロシージャーのレビューをしてもらう予定なのでその時にでも話そうと思い、やることリストに目を戻した。手をつける順番を決め、工事日が近づいている案件のWAN開通時用の流し込みコンフィグを作ろうと、空のスプレッドシートファイルを開いたところでまた声を掛けられた。